山口とはアマチュア契約。生活の糧は自ら稼がなければならなかった。小池はクラブから紹介されたサッカースクールのコーチとして働き、15万円ほどの月収で何とか生計を立てたという。翌2015年に山口がJ3入りし、プロ契約になったため、働かなくてもよくなったが、当時の経験があるせいか、その後も小池は「つねに腰の低い若者」と前向きに評され続けた。2016年末に柏に引き抜かれ、夢だった欧州移籍も引き寄せた今も謙虚さと生真面目さは変わらない。

 今季のロケレンは3月初旬現在でベルギー2部セカンドステージで最下位に沈んでいるものの、小池自身は27試合出場2ゴールと活躍を見せている。来季はよりレベルの高いクラブへのステップアップも可能ではないかと言われている。

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督時代に日本代表に抜擢された加藤恒平も成り上がり選手の代表格と言っていい存在。ジェフユナイテッド千葉で中学、高校時代を過ごし、立命館大学を経てアルゼンチンに渡った加藤だが、現地では契約を勝ち取れずに帰国。2012年に町田ゼルビアの練習生となり、3月に正式契約にこぎつけ、プロキャリアをスタートさせた。しかし、町田がJFL降格を余儀なくされたのを機に再び日本を飛び出し、モンテネグロ、ポーランド、ブルガリアと東欧のクラブを渡り歩いた。

 こうした異色の人生がボスニア人指揮官の目に留まり、2017年5月に日本代表合宿に招集された。結局、出番は得られずじまいだったが、彼のチャレンジャー人生はこれで終わらなかった。翌2018年にはサガン鳥栖入り。初めてJ1リーガーになったものの、リーグ戦出場1試合に終わると、2019年に再び欧州へ。ポーランド、ジブラルタルを経て、現在はモンテネグロのFKイスクラ・ダニロヴグラードに所属し出場機会を伺っている。

 かつてブルガリアやポーランドでプレーしたことのある松井大輔も「一部のビッグクラブを除いて年俸はかなり安い」と証言したが、加藤も現地の物価安に助けられてギリギリ生計を立てられるくらいの条件で東欧をさすらっている模様だ。「苦労人でも日本代表になるチャンスはある」という事実を体現した男の行きつく先はどこなのか。大いに気になる。

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海外では工場勤務から年俸10億のプレーヤーも