メイクは派手な雰囲気ではなく、“自然な感じだけれど、ちょっときれい”という印象に仕上げるように心がけました。その頃はまだ「ナチュラルメイク」という言葉は存在しませんでしたが、やはり“塗りすぎていない感じ”というのは、いつの時代も女性たちに受け入れられやすいのかもしれませんね。

 多い日は、一日に50人近くのお客様にメイクさせていただいたこともありました。

 早く。早く。誰よりも早く。私は自分の手に確かな技術をつけていきたい。

 その頃は毎日毎日が充実感に満ち溢れていました。でも何より嬉しかったのは、私がメイクしたあとに皆さんが喜んでくださったこと。「これが私? びっくり」「あなた、すごい技術者だわ」。

 ひとが喜んでくれる。そのまわりのひとたちにも、幸せな空気が広がっていく。それがうれしいから、私も前に進んでいける。

 生きる張り合いというものは、結局は「ひとに求められ、喜んでもらえる」ということにあるのかもしれませんね。

 そして2年後、私はまた東京本社の教育部門に戻ることになりました。あの20代の頃、なぜ自分があそこまで夢中になって働けたのかはわかりません。ただ私は、こう思っていたのです。

「会社から言われた通りのことをやるだけでは、私以外のひとがやっても同じになってしまう。仕事には、自分の思いや夢ものせなくては。そして仕事の枠を広げていったときからが、本当の“自分の仕事”だ」と。

 いま、会社の仕事がつまらないと感じていらっしゃる方もいるかもしれません。でも、前章でもお話ししましたが、会社の仕事がつまらないと嘆く前に、どうしたらおもしろくなるかを考えることも大切です。

「まあ、いいか。やることはやったし」と、“一応やりました”を繰り返していくことは、たぶん一番自分を遊ばせてしまうことになるはずです。

 アイデアは、いつ浮かんできて、いつ大ヒットに結び付くかわかりません。

 いま自分が置かれている状況が満足できるものでなくても、工夫を忘れないことです。そしてアイデアをひねり出す努力を怠らないこと。

 これは会社勤めを35年以上して、さらに経営者として社員たち一人ひとりを見てきている私の実感です。

【しなやかに生きる知恵】
教わった通りのことをするのが仕事ではありません
教わった以上のことをしていくのが、仕事です

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小林照子

小林照子

小林照子(こばやし・てるこ)/美容研究家。ヘア&メイクアップアーティスト。1935年、東京都生まれ。東京高等美容学院を卒業後、小林コーセー(現・コーセー)に美容部員として入社。数々の大ヒット商品を手掛け、85年、同社初の女性取締役に就任。その後独立・起業し、美容ビジネスの企業経営や後進を育てる学校運営をおこなっている。『人生は、「手」で変わる。』(朝日新聞出版)、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)、『小林照子流 ハッピーシニアメイク』(河出書房新社)ほか著書多数

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