山田、千賀ら“奇跡の世代” 筆頭だった島袋、一二三の“甲子園の星”がぶつかった残酷な現実 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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山田、千賀ら“奇跡の世代” 筆頭だった島袋、一二三の“甲子園の星”がぶつかった残酷な現実

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沖縄の星として多大な期待を集めた島袋洋奨 (c)朝日新聞社

沖縄の星として多大な期待を集めた島袋洋奨 (c)朝日新聞社

『松坂世代(1980年生まれ)』を知らない人はいないだろう。西武での復活を目指す松坂大輔を筆頭に、藤川球児(阪神)、和田毅(ソフトバンク)はいまだに現役でプレー。現役引退した選手も、杉内俊哉(ホークス、巨人)、村田修一(横浜、巨人)などそうそうたるメンツが揃う。高校時代から全国的に名前が知られており、プロ入り後も球界を牽引した選手たちが多い。

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 その『松坂世代』に引けをとらないのが1992年生まれの世代だ。山田哲人(ヤクルト)、千賀滉大、甲斐拓也(ソフトバンク)、山崎康晃(DeNA)、西川遥輝(日本ハム)、源田壮亮(西武)など各チームのスター級がそろう奇跡的な世代。だが、高校時代を振り返ってみると、上記選手より注目を浴びていた選手がいた。島袋洋奨(元ソフトバンク)と一二三慎太(元阪神)だ。

 島袋は体を二塁方向へひねってから投げる『トルネード投法』が注目されたサウスポー。身長174センチと小柄ながら最速150キロを超える真っ直ぐで勝負する本格派だった。興南高3年時の2010年には甲子園の春夏連覇を達成し、甲子園通算11勝2敗、防御率1.63の成績を残す。中央大進学後は同校48年ぶりとなる新人開幕投手になったが、大学通算成績は47試合12勝20敗、防御率2.16と振るわなかった。

「高校時代の活躍が飛び抜けていましたから、その後の投球はイマイチの印象。やはり高校、大学を通じて投げ過ぎた影響は否定できない。高校卒業時も体の小ささや、投げ過ぎによる勤続疲労が心配され、ドラフト指名候補内でも評価は高くなかった。本人もそれは承知していて進学したのですが、高校時代が最も輝いていましたね」(高校野球関係者)

 島袋は14年にソフトバンクから5位指名でプロ入り。1年目は9月25日のロッテ戦で救援でのプロデビューを果たすなど一軍で2試合登板。しかし、一軍の公式戦登板は結局この2試合のみで、19年に戦力外通告を受けるまでは二軍と三軍での登板だけであった。


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