あのとき、父は、もうわかっていたのでしょうか? それとも、最後はあまり痛みを感じなかったり、元気になるようになってるのでしょうか?

 昨年放送されたNHKの安楽死の番組で、安楽死することを決めた日本人の女性が言っていました、「人間なんていつ死んだって今じゃない気がする」と。

 父が亡くなる1週間前は、毎日、家から電話して、僕の息子の声を聞かせていました。息子の声を聞くと、父は元気が出ていました。だけど、ある日、体がしんどかったらしく、「もう、大丈夫だから」と言いました。その二日後に亡くなりました。あのとき、体がしんどかったのか? あきらめたのか? わかりません。死ぬ前の気持ち、死ぬときの気持ち、経験したことないからわかりませんよね。人生で一番最後にする初体験が死ですから。

 あのころの自分の気持ちを振り返ると、父とお別れする最後の2カ月のあいだ、「いつお別れが来るのだろう?」とずっとざわざわしていました。ずっと落ち着きませんでした。

 一周忌の法要で近所の方と親戚の方に念仏をしていただき、その声を聞いてる父の写真が笑ってる気がしました。

 1年経って。亡くなったことはまだ実感が湧かないときもありますが、悲しかった思い出も、焦っていた日々も、セピア色に染まってくる。

 時間ってすごいですね。

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鈴木おさむ

鈴木おさむ

鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。

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