「本物を聴きたい」

 コンサートの存在を知ったトシさんはそう思い立ち、8年ぶりの単独外出を試みます。最寄り駅までは同級生に出会うかもしれず、親に頼んで車で移動。駅に着くと、地図の見方も切符の買い方もよくわかりません。8年ぶりの外出という緊張感。その駅で同級生たちに笑われた記憶も蘇り、余計に頭が混乱します。パニックになりながらも必死で切符を購入し、電車に乗りました。目的の駅に着き、会場へ急げども今度は迷子に。やっと会場へたどり着いたとき、コンサートは半分以上、終わっていました。

 でも、そこでは画面の向こうでしか出会えなかったすぎやまこういちさんが指揮棒を振るっていました。演奏していた曲は、ドラクエ4で勇者が初めてステージに降り立ったときの曲。その瞬間、震えるような感動を味わいました。

 コンサート終了後、すぎやまさんと握手もすることができました。握手の際、すぎやまさんから「ありがとう」と言われ、トシさんはこう思ったそうです。

「私の命を支えてくれたゲームの世界と現実の世界が繋がった」

 それからのトシさんは徐々に外に出る時間を増やし、現在は週4日の会社勤め。残りの日は、同じひきこもり経験者のコミュニティーで活動しています。すぎやまさんと出会ってから10数年、人に裏切られたときも、仕事が見つからなかったときも、ずっとすぎやまさんのコンサートだけは毎年、欠かさず通っているそうです。

■「人生でもっと大事な日は訪れる」

 トシさんにとっての「成人式」は、すぎやまさんのコンサートに飛び出していった日だったと私は思います。トシさんは、ひきこもっているあいだ何度も死を考えていました。それでも自殺に至らなかったのは、ゲームや漫画を通して、かすかな充実感を得ていたからです。それは言葉にすれば「手ごたえ」みたいなものでしょうか。その手ごたえを確かめに、トシさんは意を決してコンサートに行きました。もっと言えば、この世は生きる価値のある世界だと確かめたということです。

 私やトシさんや多くの不登校の人たちが、成人式にも同窓会にも行きたくないのは、今の自分が見られたくないからです。でも、どんな自分でもいい。ドラクエにちなんで言えば、装備なんて裸でいいから、会いたい人がいる。そうやって無我夢中で飛び出した日が、大人への第一歩、人生の節目となるのです。

 こんな話をしても、ひきこもった人は人生が終わっているとか、成人式にも行けないでかわいそうだとか言う人はいるでしょう。外野には言わせておけばいいんです。

 ちょっと不器用で生きづらくても、私たちには、人生のなかでもっと大事な日が訪れます。それを楽しみに待ってみませんか。今日も今日とて、意味があるかないかわからないゲーム上のレベル上げもしてやりましょう。ゲーム実況を飽きもせず朝まで見てやりましょう。だって、それに感動して、笑って支えられてきたから。いま楽しいと思えることの先に、「本物の成人式」がきっと来るはずです。(文/石井志昂)

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石井志昂

石井志昂

石井志昂(いしい・しこう)/1982年、東京都町田市出身。中学校受験を機に学校生活があわなくなり、教員や校則、いじめなどを理由に中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からNPO法人全国不登校新聞社が発行する『不登校新聞』のスタッフとなり、2006年から編集長。これまで、不登校の子どもや若者、識者など400人以上に取材してきた

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