たしかに、エンジニアの発言が会社の公式の見解だとすれば、「乗員ファースト!」の方針を打ち出し、クルマの所有者の利益を優先することで、結果クルマが売れるという「会社の利益ファースト!」にすぎない、と社会的に批判されるかもしれない。しかし、だからといって、会社は「乗員ファースト!の方針は取らない」と明言したわけではない。「購入者の利益」をうたわない商品に、消費者としては購買意欲をかきたてられないからだ。

 では、どういう方針で、自動運転車を設計したらいいのだろうか。乗員ファーストなのか、それとも功利的な原則なのだろうか。あるいは、それ以外の方針が可能なのだろうか。しかし、今のところ、一度は問題になりながら、その後はサッパリ議論されなくなった。もちろん問題が解決されたためではなく、回避されたにすぎない。しかし、問題を避けるだけで、はたしていいのだろうか。

 ここで取り上げたのは、ほんの一端であるが、自動運転の問題でさえも、原則的なことは指針すら示されていない。だが、必要なことは、問題を回避することではなく、それを見すえたうえで議論することではないだろうか。そのためにこそ、思考実験が必要になるのだ。

 思考実験というのは、現実には実験できないことをいわば「頭のなかで実験してみる」ことである。未来世界を考えるとき、この思考実験はきわめて重要な方法になる。未だ到来していない世界は、想像的な形で考えるほかないからである。

 AIとバイオ・テクノロノジーの進化によって、どんな世界が始まるのか。民主主義や資本主義は、いかなる未来世界を切り開くのか。近代の人間中心主義は、到来する新たな世界でも維持できるのか。

 本書は、私たちが今後直面するさまざまな問題に対して、思考実験によってアプローチしている。ぜひ、ご一緒に考えてみてほしい。