清原氏が球界復帰への思い語る「仰木監督の背番号70つけたかった」【会見全文】

井上啓太dot.
 神宮球場で11月30日、NPBや海外独立リーグ挑戦を支援する「World Tryout2019」が開催された。監督として参加した清原和博氏はトライアウト終了後の記者会見で、球界復帰への思いを語った。会見を全文でお届けする。

【写真】11月7日の会見で「尿検査受けている」と語った清原氏

清原:本日はありがとうございました。この話を初めていただいたとき、うれしさと興奮と、本当に自分でいいのかという気持ちでした。今日までずっと不安でしたが、若い選手とベンチに入ることによって、肩書は監督というのをいただきましたが、若い選手がグラウンドでのびのびプレーする姿を見て、自分の若いころを思い出しましたし、これからこの若い選手たちが野球界をどんどん盛り上げていってほしいなと思いました。偶然にも自分が2000安打を打ったこの神宮球場で、こういう形でまたグラウンドに立てたことを感謝しております。ありがとうございました。

――背番号3のユニホームを着た心境は?

清原:実はこの監督のお話をいただいたときに、僕は70をつけたかったんですよ。でもミスがあって3になってしまったんですけど(笑)。3も5もつけ飽きている。監督という肩書が初めてだったので、彼ら若い選手と同じように野球ができない状況になったときに、自分を拾っていただいた仰木彬監督の70という背番号をつけてみたかったなと思っていました。

――今後は球界に戻りたい?

清原:地道な日々の努力をしていかないと。自分ではそういう気持ちでいますけど、まだまだ薬物依存の治療もありますし、自分の人生を一歩一歩、まだ執行猶予もあけていませんし、足元をみつめながら野球というものを一番大切にしてやっていきたいと思っています。

――今日でその思いは強くなった?

清原:先日、(トライアウトを)保土ケ谷球場でやったときはネット裏で見させてもらいました。今回はベンチの中で外国人選手、若い選手の挑戦している姿を見て、自分の現役時代を思い出しましたし、自分の頭の中ではタイムスリップしました。野球ってすばらしいなと若い選手のプレーをみて改めて思いました。

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ファンの声援を聞いて戻りたいと思った

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