テレビ出演時に茶がフラフラになっていたのは、当時使っていた薬の副作用だった。財産目当てで結婚したつもりはなかったし、そもそも結婚した時点で茶に財産はなかった。肉料理が多かったのは茶がそれを求めていたからだ。そのように疑惑の一点一点について丁寧な説明を行った。

 また、単に真面目に反論するだけではなく、バラエティ番組に「おみやげ」を持ってくることも忘れてはいなかった。友人である小野ヤスシと左とん平と共に行動する茶の知られざるプライベートを面白おかしく語ったのだ。「茶の左には左とん平が座っていた」というくだりはスベリ知らずの鉄板ネタだ。

 実際のところ、綾菜が当時受けたバッシングの勢いはすさまじいものだった。ネット上で批判の声が高まるだけにとどまらず、新婚当初には使っていた自転車が盗まれ、壊されて木に吊るされていたこともあったという。そのような常軌を逸した嫌がらせまで行われていたのだ。

 綾菜がここまで誤解されてしまった理由の1つは、彼女が良くも悪くも純粋で、自分たちが世間にどう見られるかを深く考えていなかったことだ。もう1つは、世間の側が加藤夫妻のことをよくあるパターンに勝手に当てはめて考えてしまったことだ。

 年配の男性芸能人に、年の離れた若い女性が近付き、結婚をする。この事実を聞いただけでもう、私たちの脳の中に蓄積されてきた「あるあるネタ」が引っ張り出され、私たちはすぐに「ああ、あのパターンね」と結論を出してしまう。

 本当はそこで十分に注意しなければならない。いかにも、という感じの典型的な現象が起きたときに、細部をきちんと確認せずに処理してしまうのは危険なのだ。

 だからといって、綾菜が結婚したのが必ずしも財産目当てではないとも言い切れない。それすらも本人の証言に過ぎないからだ。本当のことは究極的には本人たちにしか分からない。

 世間の人々が芸能人の結婚生活に興味を持つのは、それが全貌を把握できないプライベートの領域に属することだからだ。本人の証言、ブログの写真などの断片的な情報だけを頼りにして、人々はいろいろなことを類推したり決め付けたりして楽しんでいる。

 隠されている部分を想像しながら楽しむという意味で、芸能ゴシップはストリップに似ている。「ちょっとだけよ」の精神で大衆の下衆な欲望を喚起しているのだ。

 仮に、本当に財産目当てで夫を殺そうとしている妻がいたとする。その妻は確かに「悪」ではあるかもしれない。だが、面識のない他人の夫婦生活に興味を持ち、あれこれ噂を立てるような人間は、悪ではないかもしれないが「下衆」ではあるだろう。そんな下衆な大衆にかける言葉があるとすれば「あんたも好きねえ」だ。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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