最後に、なぜ悲しみと涙が結びついたのかに触れましょう。それは、なぜ犬は英語で「dog」なのかを問うのと似ていて、若干の経緯はあるにしても「たまたま」なのです。悲しいと涙が出る人がたまたま生まれ、その人の子孫一族に広まり、集団の助け合いに有効であり、また「ウソ泣き」もやりにくい。だから、その集団が密な協力を成功させたのです。世界中の人々は皆、10万年くらい前にアフリカに存在した特定の集団の子孫であることが、遺伝情報の解析でわかっています。悲しみと涙の連動は、その祖先集団から遺伝的にひき継がれているのです。

 悲しいと涙が出るのは、生物進化で身についた人間特有の行動です。ウミガメは浜辺に産卵するとき涙を流しますが、砂で目が傷つくのを避けるためでしょう。ウミガメが産卵に苦しんでいるなどと、人間の事情を当てはめて考えるのはナンセンスなのです。

【今回の結論】涙によって悲しみを伝えることが、昔の過酷な環境での集団生活を支えてきた。現代では、その機能は薄れつつあるが、悲しみと涙の連動そのものは健在

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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