――プライベートの遺言、本物の遺言はさらさら書く気がないと、この本にも書いていますが。

 どうしても書けなくてね。寂庵をどうするとか私を助けてくれているスタッフたちはどうしたらいいとか、書かなきゃいけないと思って、「遺言」と題だけ書いた原稿用紙はいっぱいあります。いつ死んでもいいと覚悟はしているつもりですが。でも、ほんとは、まだ死ぬ気がないんじゃないかな。朝になるとちゃんと目が覚めるし、目が覚めると、また文章を書きたいなと思うし、その繰り返しです。

――500冊以上も本を出してきて、まだ書きたいことはありますか。

 小説家はみんなそうだと思いますが、死ぬ瞬間まで、もう少し命があったら、あのことを書きたかったな、まだ傑作を書けるのに、と思いながら死ぬんじゃないでしょうか。「書き終わった」という小説家はいないんじゃないかな。私だって、これから突然大恋愛をして、傑作が書けるかもしれない。それはわからないわね。

――先月は「新潮」と「群像」の連載をお休みするほど体調が悪かったと聞きました。でも、また元気になられて、何本も連載をお書きになっていて、このような会見も開かれています。いまの心境はどうですか。

 この間まで、ああ、もうダメかなと思うくらい、ほんとに具合が悪かったんです。でも、また有り難いことに書けるようになりました。ただそれでうれしい、ホッしたというよりも、あー、また始まったかという感じなんです。人間なんて勝手なものですね。