このように、お薬を使わないBPSDの治療効果が論じられている一方で、症状が重くなってしまうとご本人の尊厳を大きく損なってしまうおそれもあります。介入が遅れて状態が悪くなってしまうと、周囲に及ぼしうる負担から支援者との関係性を損なってしまったり、場合によっては自身や周囲に危害を与えるような事件に発展することもあります。

 私が実際に診療にあたったケースでも、BPSDによって「ご家族の顔面に物を投げつけてけがをさせてしまった」「包丁を持ち出して脅かしてしまった」ということがありました。このような状態にまで至ってしまうと、医療だけでは対応しきれず、警察などの介入を要するケースも経験します。

 重要なことは、やはり早期発見・早期介入であり、軽症であればお薬を使わない治療でBPSDの改善を期待できる可能性もあるということだと思います。では、本人や家族にとって負担になりうるBPSDなのに、受診が遅れてしまうケースがあるのはなぜでしょうか。

 私がご家族に聞いた経験では、「普段どおりのときもあったので大丈夫と思ってしまった」「心配はしたけど受診まで気持ちが至らなかった」「受診させようとしたけど本人が嫌がった」という答えや、そもそも「認知症と思わなかった」という答えもいただいたことがあります。

 普段から一緒に生活をしているご家族にとって徐々に変化していくような認知症の症状には気づきにくいのかもしれませんね。もし気づいたとしても、ご家族の健康を願う思いが空回り「まだ大丈夫でしょ」と見て見ぬふりをしたくなる心情も理解できます。このような変化を見逃さないため、ときおり普段は離れて暮らしている家族や友人などに会う機会を作って、意見を求めるのも一つの手段です。

 また、もしかすると家族が受診を勧めても、「自分は病気ではない」などの思いから聞き入れてくれないこともあると思います。実際、必ずうまくいくという方法がなく、どうにか外来にたどりついたご家族からも「受診させることが大変でした」とよくお話しいただきます。

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早期からの適切な医療の介入が重要