とは言え、この台詞を完璧に覚えていたわけではない。『脚本家坂元裕二』という本の「名ゼリフ集」のページから引用した。その本で坂元さんは藍里を「これまで書いた登場人物のなかで一番面白く書けたなと思っている」と語っていた。わーい。

 このドラマですっかり高畑さんのファンになった。だから彼女がヒロインに選ばれた朝ドラ「とと姉ちゃん」(2016年、NHK)は、とても期待した。演じたのは雑誌「暮しの手帖」を創刊した大橋鎮子だったが、蓋を開けてみれば本音を語らず、自分より他人を優先する優等生キャラになっていて、じれったかったし残念だった。

 そしてしみじみ思ったのが、高畑さんはバランスの取れた人より、ある種の偏りがある人の役が向いているということ。偏った人を演じさせると、その役の乗り移り度が尋常じゃないというか、今どきに表現するなら半端ないというか、とにかくそういうふうになる。まるで憑かれたかのような、そんな印象。だから「憑依系女優」。

 藍里というのは、「理不尽ですよ、現実は。でも理不尽なのが現実じゃないですかー」という女子だった。たくましさともろさ、あきらめと悲しさがにじんでいた。

 桜はその逆だ。「忖度したり、長いものに巻かれたり」するのがデフォルトになっていて、その度合いがどんどん上がっている今日この頃なのに、デフォルトを知らない。「そんなデフォルトって、おかしいじゃないですかー」ではなく、「デフォルトって何ですか?」な女子。こんな世の中にあっては、そういう人が一番強いのかもしれないし、遊川さんの描こうとしていることの一つがそれだとは思う。

 初回で桜は、4人の同期と組んで建造物の模型をつくる。新人研修の一貫だから、コンペ形式だ。社長にコビを売るような作品を作ったグループがあり、社長に忖度をした審査がされたのだろう、そこが優勝した。発表された瞬間、桜は手を上げて意を唱えた。

 1話=1年で進む仕掛けなので、2話は入社2年目。同期の菊夫くん(模型グループの1人)は月に95時間残業している。上司が最低のパワハラ男なのだ。桜はそいつに、「菊夫くんが過労死した場合、管理責任を問われることになりますが、その覚悟はありますか?」「忙しいは心を亡くすと書きます」と切り込んでいく。

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あまりにもまっすぐな声に聞き入ってしまう