台湾でも人気食品だ。豚肉のでんぶは「肉鬆」と書く。ローソンという。朝のお粥にかけ、パンにも載せる。タイのそれに比べると、肉の味が強い気がするが、やはり甘い。

 でんぶはアジアの日常食材という気がする。とくにアジアンサンドイッチは、でんぶの存在なくして語ることができない。

 しかし日本では、年を追ってその影が薄くなってきている。子供の頃、我が家では、桜でんぶが常備食だった。ご飯にふりかけのようにかけて食べた。ちらし寿司や太巻きにも、でんぶは必ず入っていた。日本のでんぶは魚からつくるものが多いというが、味は甘かった。

 しかし最近の日本ではあまり見かけない。ご飯にでんぶをかけて食べる人はかなり少ない気がする。

「あの甘さが嫌」「桜でんぶの人工的なピンク色が嫌われたのでは」。でんぶが食卓から消えていった理由を、こんなふうにいう人は多い。

 タイのコンビニで買ったムーヨン入りパンをかじりながら思い悩む。子供の頃、桜でんぶに慣れ親しんだせいか、ムーヨン入りパンにそれほど抵抗はない。

 パンとの出合か……とも思ってみる。タイ人にとって、パンは菓子である。米に代わる主食の座は永遠に確保できない気がする。菓子と考えれば、甘いでんぶとの相性はいい。ジャムのような食感はないが。

 このあたりかな? とも思う。日本人が受け入れられるタイの味覚の境界である。突き詰めていくと、パンというものへの認識の違い。しかし日本のどこかにでんぶ入りパンはあるかもしれない。おそらくそこは米どころではないか。でんぶをめぐる妄想は広がっていく。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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