前述の交流分析では、解決できていないすべての問題には、受動的行動が関与していると考えています。もし解決できていない問題の渦中にいる方がいらしたら、その問題を作り出すのに一役買っている自分の受動的な行動は何か、と一度考えてみてもらいたいと思います。少なくとも、受動的な行動に気付けば、心理的には大きな一歩を歩みだしています。それによってサポートしてくれる人や場所を探すこともできるようになるでしょう。

 ただ、実際には、カウンセリングに来る前の状態で、「支配されている」とか「自分は支配に甘んじているんだ」と認識するのは難しいのが現実です。優菜さんもそうでした。周りの人に自分の状況を話して、何人からも「おかしい」と言われるのであれば、勇気を出して専門家に話してみるといいと思います。相談を受けた人たちは「解決策」をアドバイスしがちです。しかし、他人が考えた解決策に頼るのも受動的な行動の一つ「過剰適応」なので、それを聞く前に、ぜひ専門家へ。

 ちなみに、優菜さんは、2回目のカウンセリングが終わるときに、笑顔でこうおっしゃいました。

「旦那と一緒にやっていくか、別れるか、今はまだわかりませんが、どっちにしてももう大丈夫です。自分の気持ちを自分が大切にしていいってわかったので。かわいそうな旦那の面倒を見るのか、いらないから捨てるのか自分で決められる気がします。でももし大丈夫じゃなくなったら、また来ていいですか?」

 これ以後、お会いしていないので、その後どうなったのかわかりませんが、このくらい意識の持ち方がはっきり変わった場合は、通常、現実への対処も大きく変わります。優菜さんは、ご主人に自己主張をすることができるようになり、実際にそうされただろうと思います。それをご主人が受け入れて、ご主人も変われば2人の関係は形を変えながら続くでしょう。ご主人が優菜さんだけが変わるべきだというスタンスを続ければ、最終的には離婚になるのではないかと思います。

 関係を続けるというのは相手があってのことなので、残念ながら自分の努力だけでは維持することはできません。結果はどうであれ、受動的な行動ではなく自発的な行動をすることで、自分が自分の人生を生きている、という実感を持てるといいなと思います。(文/西澤寿樹)

※事例は、事実をもとに再構成してあります

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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