レッドソックスで順調な野球人生を送っていた上原だったが、松本さんには苦い思い出がある。

「15年8月、シーズン終盤のタイガース戦で、上原選手の手首にピッチャー返しが直撃したんです。そのときはトレーナーと慌ててとび出しました」

 「痛い、痛い」と苦痛に顔をゆがめる上原。試合後すぐに球場で診察を受けたときに異常はみられなかったが、翌日の精密検査で骨折していることが判明した。松本さんは「医師の診断結果を伝えるのは、なにより辛かった」と話す。

「隣にいた上原選手はうつむいて聞いていました。おそらく落胆していたと思います。それでも、選手たちの前では明るく振る舞っていましたし、メディアからの取材でも『今シーズン復帰できないと決まったわけではない』と答えていました。リハビリの時は、軽いウエートで手首の地道なトレーニングを繰り返していました。気持ちの強い選手だと改めて感じましたね」

 翌年、上原はけがを乗り越え、50試合に登板。再びリリーフの柱として活躍した。

 公私ともに上原を支え続けた松本さん。その後上原はメジャー9年間で通算436試合に登板し、22勝95セーブ81ホールド、防御率2.66という輝かしい実績で18年に日本球界に復帰した。同時に松本さんも球団との契約が終わり、通訳の仕事を終えて帰国した。

 そして今年5月、上原は引退を発表。松本さんは会見の中継を家族とともに自宅で見届けた。

「やっぱり悲しかったです。ただ『通用しなくなったから引退する』というのは、上原選手らしくて潔い。一方で『できたらもっとやりたかった』っていうのも正直なところでしょう。メジャーにいたころ、打たれて落ち込んでいても、次の日には明るい上原選手の姿をずっと見てきました。印象的だったのは2013年のレイズとのプレーオフです。大事な一戦でサヨナラホームランを打たれましたが、翌日のゲームでは一人の走者も出さずにぴしゃりと抑えていました。私も仕事でよく失敗しますが、気持ちを切り替えて前を向いていきたいです」

 偉大な選手から学んだことを胸に、松本さんも次の人生を歩み始めている。
(AERA dot.編集部/井上啓太)