湿原の案内放送を聞きながら、しばらく車窓を眺める。木々の間からは湿原の緑が映える。途中何度かエゾシカや鳥が確認できたが、少し遠くて種類までは分からなかった。運がいいとオジロワシやオオワシといった猛禽(もうきん)類から、カワセミやアカゲラなどの小型の鳥も見ることができるそうだ。双眼鏡があるとより楽しめるかもしれない。

 最初の停車駅は釧路川に近い細岡駅で、到着する直前に渡る鉄橋からは川沿いの広場が望める。ここはカヌーを楽しむ人たちが上陸することも多いそうだ。さらに列車は進み、付近に住居がない観光駅の釧路湿原駅に到着する。この駅からは、釧路湿原が一望できる細岡展望台に歩いて行けるので、下車する人も多い。

 釧路湿原駅を出発してしばらくすると、列車はまた徐行して右手に塔のような建造物が見えてくる。これが岩保木水門(いわぼっきすいもん)だ。ここは釧路市の水害を防ぐために造られた人工の新釧路川と釧路川の分岐点にあたり、2本の塔が現役の水門で、奥に小さく見える木造の建物が歴史的建造物の旧水門だ。

 車内放送の説明が終わると列車は再び加速する。遠矢駅が近づくと周辺に民家が見え始め、その次の東釧路駅は路線としての釧網本線の終点で、ここから釧路までの一駅間は根室本線を走る。釧路川の河口付近にある長い鉄橋を渡ると大きな町に入り、「くしろ湿原ノロッコ号」は終点の釧路駅に入って行く。

 わずか1時間に満たない短い旅ではあるものの、大きく開いた窓から流れ込む大自然の風を感じつつ、雄大な風景に心を奪われる充実の列車旅だった。同時代に生まれた観光列車の多くがが姿を消すなか、野生の動植物の宝庫、釧路湿原を「ゆっくりと」走り続けるノロッコ号の醍醐味を、ぜひ堪能してほしい。(文/佐々倉実)

◯佐々倉 実(ささくら・みのる)/1960年東京都生まれ。スチル写真のほか、ムービーも手掛けるカメラマン。主な著書に『全線全車種全駅 新幹線パーフェクトガイド』『富士鉄 世界遺産・富士山と列車を撮る 週末ぶらり旅』(ともに講談社)、『鉄道ムービー入門』(玄光社)など。カレンダー『絶景鉄道』(山と溪谷社)。