■ワインと薬を混ぜた、毒殺を予防するための飲み物

 紀元二世紀の医の巨人ガレノス(129頃-200頃)もワインについてくわしく述べている。彼の医学は19世紀までの西洋医学の方針を決めてしまったほどの巨人で、非常い権威を持っていた。

 もっとも、ガレノスはけっこう間違いも多く、その間違いも千年以上継承されてしまったので、ガレノスのダークサイドも大きいのだけど。このへんはアリストテレスの言説が無謬に違いない、という「権威」となってしまったのとよく似ている。

 ガレノスはローマ皇帝の侍医だった。皇帝が毒殺されるのを予防するためにワインと薬を混ぜた飲み物を飲ませていたそうだ。この飲み物は万能薬(テリアカ)と呼ばれ、歯肉潰瘍からペストまでなんでも治すと18世紀まで信じられていた。

 外傷患者に対するガレノスの治療法は傷口にワインを浸すことだった。ガレノス自身は自分の治療を受けて死んだ剣闘士は一人もいないと豪語していたそうだが、まあ眉唾だろう。現在でもそのような大口をたたく医者をぼくは知っているから、あまり驚きはないけれど。

 フランスのブルボン朝国王アンリ4世は「よき料理、よきワインがあれば、この世は天国」と言った。詩人のゲーテは「ワインのない食事は太陽の出ない一日」と言ったとか。さらに、宗教改革で有名なマルティン・ルターは「ワインと女を愛さぬ者は、生涯の愚者であろう」と言ったとか。厳格なプロテスタントの創始者にしてはずいぶん享楽的な箴言を残したものだ。

 イタリアの医師、アンドレア・パッチはワインの薬効を示す著作を出していたというが、残念ながらこの本をぼくは入手できなかった。お持ちの方がいらしたらぜひ読ませてほしい。

 オランダの学者エラスムスは『健康の管理』というそのものズバリの本の中で、「ワインや他の酒は、度を過ぎなければ、害のない、最も有益な薬であり、最も快い飲み物である……。それゆえ、毎日、われわれの飲むワインにグラス1~2杯の水を加える習慣をつけるのが好ましい。そうすればワインの毒気が頭に回るのも遅れ、また太ることもない」と述べている。穏当な意見だと思う。

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ワインは健康飲料?