来年2月に真打ちに昇進する神田松之丞。40年以上空席になっていた神田派の大名跡を襲名する (C)朝日新聞社
来年2月に真打ちに昇進する神田松之丞。40年以上空席になっていた神田派の大名跡を襲名する (C)朝日新聞社

 何年か前から噂は聞いていた。講談の世界にとんでもない逸材が現れたというのだ。二ツ目でありながら圧倒的な人気と実力を持ち、メディアに出る機会も多い新進気鋭の講談師・神田松之丞のことだ。ずっと興味は持っていたものの、なかなか舞台を見に行く機会がなかった。

 彼はすでに日本一チケットが取れない講談師だと言われる。何度かチケット発売日の発売時間に合わせてチケットサイトをのぞいてみたのだが、重いウェブページを何回か読み込むとわずか数分で完売したと知らされるだけだった。

 だが、先日ついにチケットを入手して、独演会に足を運ぶことができた。松之丞が舞台に現れると、ホール全体から温かい拍手が巻き起こった。最初にマクラを軽くしゃべった後で本編に入る。ここから一気にその世界に引きずり込まれた。気が付くと2時間強の独演会はあっという間に終わっていた。やはりうわさは本当だった。講談ビギナーの自分のような人間でも一発で分かるぐらい、松之丞の話芸は圧倒的なものだった。

 落語はそれなりに見てきたのだが、講談をきちんと見るのは初めてだった。実際に見てみると、思ったよりも落語に近い芸能だと感じられた。落語は会話が主体で、講談はナレーションが主体だと言われるが、講談にも会話の場面はあり、その見せ方はかなり落語に近い。だから余計に違和感なくスッと入れたのかもしれない。

 どんな業界でも、たった1人でその業界全体を変えてしまうような人間というのが現れることがある。例えば、数年前にプロ将棋界に現れた藤井聡太がその典型である。当時、将棋の世界では将棋ソフト不正使用疑惑の問題が起こっていて、業界全体が揺れていた。プロ棋士同士が疑心暗鬼になり、重苦しい空気が流れていた。

 そんな時期に藤井は史上最年少でプロ棋士になり、デビュー後は29連勝という前人未到の偉業を達成した。日本中が藤井フィーバーで沸き返り、将棋界は活気を取り戻した。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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「毒舌系カリスマ芸人」の系譜を継ぐ筆頭格