これに対して日本たばこ産業株式会社(JT)は反論した。JTは「受動喫煙を受けない集団においても肺がんは発症します」と述べて、喫煙以外にも肺がんの発症原因があることを暗にほのめかし、がん研究センターの発表を批判したのである。

 確かに、喫煙だけが肺がんの原因なのではない。しかし、それは喫煙が肺がんの原因ではない、という言説を導かない。病気は複雑に発症する。遺伝的要因、環境的要因。いろいろな要素が混じり合って病気は発症する。

 たばこを吸ってもがんにならない人もいる。たばこ以外の原因でがんになる人もいる。しかし、そういった事実は、たばこはがんの原因ではない、という証明を導かない。たばこは特定のがんの発症に寄与する一つの因子なのだ。

 JTは(立場上、そういう意見になるのは当然かもしれないけれど)、病気のリスクについて根本的に誤った議論をしているのだ。一要素が病気のすべてを説明しない。これは非常に大事なポイントなのだ。逆に、たばこ「だけ」が肺がん発症のすべてなのではないので、原理主義的な禁煙主義もまた科学的とはいえない。医学と健康を論ずる場合、原理主義はたいてい間違っている。

 さあ、これでワインと健康を検証する基本的なツールは手にした。それでは、まずアルコール飲料全般の健康問題について考えてみよう。そして、最後に「ではワインではどうか」を考えることにする。

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岩田健太郎

岩田健太郎

岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著にもやしもんと感染症屋の気になる菌辞典など

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