「事件」の最中、「女らしさって何ですか」「女らしくないって誰が決めたんですか」と女子学生が口にする。どなたか反論しなさい、誰もしないのか、と管理職らしき先生が言うと、シマちゃんがきっぱり「私はないです」と言っていた。クドカン、ストレートな意見表明。よいぞ、よいぞ。

 事件の前、シマちゃんは岡山で人見絹枝を見出していた。そして関東大震災が起き、行方不明になる。増野は瓦礫の中を探し続ける。「増野シマさーん」とさん付けで呼びかける。ヨレヨレの帽子に開襟シャツを着て、背中にりくをおぶっている。

 金栗の発案で「復興運動会」が開かれることになる。増野は「大々的に宣伝してください。シマの目にとまれば、必ず駆けつけると思うんです」と言う。だが、シマは現れず、代わりに現れたのが人見絹枝だった。「シマ先生から手紙をいただいた」と持ってくる。

 手紙を金栗、そして増野が読む。「先日は突然、お声をかけてしまってごめんなさい」から始まり、「あなたが走る姿を世界中に見せたい」と続いていた。この時読まれたのは、そこまでだった。

 その先を明かしたのは、銀メダルを取って日本に帰ってきた人見だった。身長170センチの人見が、運動をするたびに「バケモノ」などと野次られる様子が何度も描かれた上での凱旋だ。ラジオに出演し、こう語った。

「私に走ることを最初にすすめてくれた増野シマ先生が、こうおっしゃいました。あなたに対する中傷は、世界に出れば賞賛に変わるでしょう。本当にそうなりました」
だから勇気を出して走りましょう、と女性に語りかけた。走りましょう、跳びましょう、泳ぎましょう、と。

 増野は街頭で、ラジを聞いていた。「人見絹枝、バンザーイ」と手をあげた。相変わらず粋な帽子で、ベストを着ていた。徐々に「バンザーイ」が広がっていった。

 柄本の出番は、これで終わった。勝手に「増野ロス」になっている。(矢部万紀子

著者プロフィールを見る
矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

矢部万紀子の記事一覧はこちら