野球を愛した「悪童」伊良部秀輝、今も鮮明に残る“剛腕”の記憶 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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野球を愛した「悪童」伊良部秀輝、今も鮮明に残る“剛腕”の記憶

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現役時代の伊良部秀輝 (c)朝日新聞社

現役時代の伊良部秀輝 (c)朝日新聞社

 再生の地は日本だった。レンジャーズの守護神を務めた翌年、当時の阪神・星野仙一監督の要望で日本球界復帰を果たすと、2003年に13勝を挙げてリーグ優勝に貢献した。しかし、その充実した日々も長くは続かない。翌2004年は故障に泣き、同年オフに戦力外通告を受けて現役引退。そこから、アメリカでうどんのフランチャイズチェーン「SUPER UDON」を開業するも閉店。2009年に米独立リーグで選手復帰し、日本の独立リーグ・高知ファイティングドッグスでも選手としてプレーした後に再び現役引退した。その間も、大阪北区のバーで支払いを巡って店側とトラブルになって大暴れして暴行の現行犯で逮捕されるなど、“お騒がせ男”ぶりは健在だった。

 その流れの中で迎えた2011年7月、ロサンゼルスの自宅で死去。体内からは大量のアルコールが検出され、泥酔した勢いで首を吊ったことが判明した。1カ月ほど前から嫁と子供と別居をしており、事業失敗や私生活の悩みが自殺の原因とされたが、それ以上に「野球に関われなくなったこと」の影響が大きかったと身近な関係者は証言している。引退後も解説者や指導者といった野球に携わる仕事を探していたと言われ、震災チャリティーも企画していたという。

 アメリカ時代は食事の席でイチローと野球談義を交わすなど、自らの「野球理論」にこだわり、そして人一番の「野球愛」を持っていた。ただ、不器用だった。天才が故に、周りとの協調性を欠き、結果的に評価を下げた。享年42歳。最後は酒癖の悪さで自らの命を絶つことになったが、彼が歩んだ人生が全て否定されるものでは決してない。今季も田中将大、ダルビッシュ有、前田健太、平野佳寿、菊池雄星、そして大谷翔平といった日本人選手がメジャーを舞台に活躍しているが、彼らの“前”には「伊良部秀輝」という剛腕がいたことを、忘れてはならない。


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