――夏休みの自由研究のネタにはなりますか?

 クモはのんびりしているんですね。絶食に耐えるので、基本はじっとしている。餌が前に通りかかると動くだけ。観察には根気が必要です。最後の1週間でなんとかしよう、と思うとクモでは大変です。

 オニグモやコガネグモ、クサグモなど網を張っているクモは飛んで逃げません。もし網を見つけたら、椅子をもってきてじっと観察するとクモが何をしているかわかるので、それを日記にするのはいいかもしれません。網の構造をまず確かめましょう。どの糸が粘るのか? 餌がかかれば、餌の獲り方や食べ方などがわかるでしょう。室内で網を張らせたという研究を見たこともあります。かっぱえびせんを食べたそうですよ。

 捕まえるときは手でつかまえず追い込んで瓶にいれるのがポイントです。虫めがねやルーペでクモがどのような形をしているかまず観察してみましょう。飼育は餌(生きている昆虫)の確保が難しいのですが、絶食に耐えるので2~3日は水分を与えていれば大丈夫です。コガネグモなどの網を張るクモは餌をとらえるとひじょうに細い糸を帯のようにたくさん出すので、その様子を観察できれば面白いかもしれません。さきほど言いましたようにどこでもクモはいますから、周囲に藪や未整備の河原がある人は周りでどんなクモが獲れるか研究してみてもいいかもしれませんね。

――先生は、そもそもなぜクモに興味を持ったんですか?

 それは、話せば一晩中かかりますね(笑)。

 もともと、昆虫が好きな子どもでした。中学の生物の先生がトンボの専門家で、市販の教科書を使わず毎回実習を行い、今考えれば大学レベルの授業をしていました。それで一気に生物の世界にのめりこみました。

 中学の課外授業で埼玉県毛呂山町の鎌北湖に行ったとき、アシナガグモという水辺に巣を張るクモがたくさんいたんです。水面に水平に巣を張るクモで、目の前で巣の張り方を観察したいと思い、1匹家に連れて帰りました。庭木にはなしたんですが、全然巣を張らない。あきらめて寝たら、次の日に屋根と笹の間に見事な網を張っていた。図鑑にはアシナガグモは水平に網を張ると書いてあるのですが、家では垂直に網を張ったわけで、場所によっていろんな網を張るということがわかったわけです。これで、クモの面白さにめざめました。

『原色日本蜘蛛類図鑑』の執筆者で、東亜蜘蛛学会(現在の日本蜘蛛学会)の大御所である八木沼健夫先生に手紙を書いたらすぐ返事が来て、やりとりをしているうちに学会に入れてくれることになりまして。英文の学会誌を送ってもらったりしていましたね。中学の文化祭では糸を使ってクモの巣を再現しようと思ったんですが、失敗しました。重力と糸の張力のバランスを絶妙にとって作っているんですね。

 そこからクモを自分で採取したり飼育するようになって、どんどん面白くなっていった。最終的には銀行の内定を蹴って、ドイツに留学して7年間クモの研究をしました。

(取材・構成/ジュニア編集部・福井洋平)

●小野展嗣(おの・ひろつぐ)/国立科学博物館動物研究部名誉研究員。1954年神奈川県生まれ。学習院大学法学部卒業後、グーテンベルク大学(ドイツ)で動物学を学ぶ。理学博士(京大)。著書に『クモ学、摩訶不思議な八本脚の世界』(東海大学出版部2002)、『動物学ラテン語辞典』(編著、ぎょうせい2009)、『小学館の図鑑NEO危険生物』(共著、小学館2017)、『サステイニング・ライフ』(監訳、東海大学出版部2017)、『すごい昆虫図鑑』(監修、宝島社2018)、『日本産クモ類生態図鑑』(共著、東海大学出版部2018)。命名記載したクモの新種は約300。

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福井洋平

福井洋平

2001年朝日新聞社に入社。週刊朝日、青森総局、AERA、AERAムック教育、ジュニア編集部などを経て2023年「あさがくナビ」編集長に就任。「就活ニュースペーパー」で就活生の役に立つ情報を発信中。

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