「私のこと好き?」

 伸宏さんは「好きだよ」と答えました。こんなに状況が悪いのに、とてもまっすぐな方です。

 そのあと、それを信じる、信じないでもう一波乱ありましたが、「私、おかしいのでしょうか?」と彩花さんに聞かれたので、私はこうお話ししました。

「こういうことは、精神分析では反動形成といって、人間が自分の心が傷ついて生きていけなくならないように、守ろうとして使ういくつかの方法の一つです。自然な心の動きの一つなので、おかしいということはありません。ただ、それがご夫婦の関係では弊害を生んでいるので、一緒にやっていきたいなら修正は必要ですね」

 伸宏さんに、今の気持ちを聞いてみました。

「妻の上から目線は、自分のことがそこまで憎いのかと思ったり、自分は一人の女性すら幸せにできないダメな人間なんだと思って苦しかったんですが、そういうことなら、心地よくはないですが、もうちょっと広い心で妻の話を聞くことができる気がします」

とおっしゃいました。

 具体的な修正はこれからですが、帰るころには、お二人の表情がとても柔らかくなったのが印象的でした。

 ストレス状態で、人はそれぞれ異なる反応を見せます。そして「目線」という一見すると些細なことも日々続けられれば極度のストレスになり得るのです。そうなると、相手は自分に対して悪意や憎悪があると感じがちです。このケースでは「目線」でしたが、パートナーのちょっと不快な行動が積み重なってきたとき、自分の思い込みを一旦横において、仲良くしていたいはずの自分にこういう行動をとるのは相手に何が起こっているのかもしれないという観点で考えてみると、糸口を見つけることができるかもしれません。それが見つかるだけでも、気持ちは大きく変化するのです。(文/西澤寿樹)

※事例は事実をもとに再構成しています

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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