入れ歯の大きな役割の一つである「咀嚼すること」は不要になりますが、言葉を発する機能や見た目を若々しく保つ機能などはどうでしょう。入れ歯を入れることで口元の形態を保ちやすくなり、唇を閉じた状態を維持できることで、口の乾燥を防げたり、発音を明確にしたりする機能も重要です。

 また、運動や動作を開始する時には「噛みしめ」を伴います。総入れ歯の患者さんが入れ歯をつけずに運動をした場合、反応時間が延長すること、すなわち動作が鈍くなることが知られています。

 このような観点から、「噛まないから必要なくなった」ではなく、「入れておくことが障害になるようなら入れない」との判断になるといえます。

 核家族化が進んだ現代では、高齢になった親と離れて暮らしているという方も多いでしょう。そうなると、親の入れ歯を見たことがない、入れ歯をつけていることすら知らないということもあると思います。

 お口の状況を把握しているかかりつけ歯科医やケアマネージャーを介した歯科訪問診療など、地域連携を図り支え合うことが重要であるといえます。

○越野寿(こしの・ひさし)1960年北海道生まれ。東日本学園大学(現北海道医療大学)歯学部助手、講師を経て、1996~97年にアメリカのUCLAに留学。2010年から現職。高齢者の咀嚼機能維持・向上に力を入れている。

※『「認知症が気になりだしたら、歯科にも行こう」は、なぜ?』から