受診に同意してもらうには、「あなたに問題があるから治療が必要だ」と決めつけないことが大切です。周囲が困っていることだけを押し付けず、ご本人の話にも耳を傾けながら「一度相談してみない? 何にもなかったら、それはそれで安心だし」と持ち出すと案外応じてくださるかもしれません。

 ご紹介した二つのケースは、結果的にどちらとも認知症に伴う被害妄想でした。ただ、ご相談の内容が似ているからといって、Aさんのご主人も認知症だとは限りません(……と申しますか、相談の内容だけではわからないというのが正直なところです)。

 実際に正しく判断するには、これまでの暮らしぶりや現在お困りの変化が現れてからの経過など、ご主人の状態を判断するには多くの情報をお伺いする必要があります。認知症以外の可能性をあげるときりがありませんが、場合によっては、病気ではなく、最近使い始めたお薬があればその影響なども考慮すべき選択肢にあげられるかもしれません。

 ご紹介したケースでは、それぞれが持っていた考え自体はなくならなかったものの、Bさんは比較的少量のお薬で改善が得られ、鍵を交換してしまうまでの問題には至らなくなりました。

 Cさんは、本人・ご家族と相談しお薬を使わない方針になりました。それでも、同席してもらっていたお嫁さんに病状を丁寧に説明することで「お義母さんの真意ではないのだとわかって少し楽になりました」と話し、その後も関係を損なうことなく毎回の外来にも付き添ってくださっています。

 普段と違うようなご様子であれば、周囲だけでなくご本人も困っている可能性もあります。もし、ご本人に省みる様子がなくても、今回のご相談のような場合、何度も続くとご友人との関係を壊してしまうなどのおそれもあるかもしれません。

 もし精神的な問題が原因で、望ましくない行動を取ってしまっているとしたら、お薬を使用するかどうかにかかわらず、ご紹介したケースのように何かしら対応できることがあるかもしれません。

 以前のコラムでも触れましたが、介入が早期であればあるほど柔軟に対応できる可能性があります。今回のご相談にお答えすることで、Aさんだけでなく同様に悩まれている方々にも、精神科でのご相談を検討して頂くきっかけになればと願っています。

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大石賢吾

大石賢吾

大石賢吾(おおいし・けんご)/1982年生まれ。長崎県出身。医師・医学博士。カリフォルニア大学分子生物学卒業・千葉大学医学部卒業を経て、現在千葉大学精神神経科特任助教・同大学病院産業医。学会の委員会等で活躍する一方、地域のクリニックでも診療に従事。患者が抱える問題によって家族も困っているケースを多く経験。とくに注目度の高い「認知症」「発達障害」を中心に、相談に答える形でコラムを執筆中。趣味はラグビー。Twitterは@OishiKengo

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