正雄さんとしては、普通に聞いているつもりなのですが、綾子さんはビクッと体が反応して、「ごめんなさい」と、間髪入れずに答えました。外からはそうは見えませんが、すでにこの時点で綾子さんはなかばパニック状態で、もう何を言われてもまともに考えることはできなくなっています。そこに正雄さんが追い打ちをかけます。

「謝るんじゃなくて、俺の話聞いていた?」

 綾子さんにはさっきよりも、少し怒気が増しているような気がします。

「ごめんなさい」

「だから、ごめんなさいじゃなくて、俺の話、聞いてなかったの?って聞いているんだけど」

「……」

 大雑把に言えば、2人はこのような膠着状態にしばしば陥ります。うまくいけば翌日、ちょっとひどいときでも数日後にはそんなこと無かったかのようになりますが、また別の話題で同じことが繰り返されるのです。

 これは、夫婦が陥る千日手(繰り返しのパターン)の一つで、夫婦によっていろいろなバリエーションがあります。正雄さん・綾子さんと男女が逆のパターンもありますし、頭が真っ白になってしまう(思考停止)のではなくて自分が悪かったと自責に走るパターンや逆に相手が悪いと逆ギレするパターン、喧々諤々議論し続けるパターン、片方が責めてもう一方がぬるぬる逃げるウナギつかみのようなパターンなどです。そして、途中で構図が変わる複雑なパターンもあります。

 しかし、千日手に陥ることは同じです。

 将棋と違うのは、結婚生活は最初の1手からやり直すことがなかなか困難なことと(離婚して、何年かしてからまた再婚するという形で最初からやり直すカップルもいますが)、本質的には勝負が目的ではないことです。

 正雄さん・綾子さん夫婦の話に戻り、何が起こったのか考えてみます。

「保険は〇〇を××にすれば、安くなるって、言ったじゃん。なんで、勝手に更新しちゃったの?」

と、正雄さんが聞いた背景には、保険を見倒したいと話したはずなのに、いつものように自分(が話したこと)が無視されたと感じたことがあります。それが正雄さんにとってはすでに王手をかけられた状態です。

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「幼いころからの得意な対応」がパターン化