半年ほど前から通院されているAさん(50代、女性)もその一人で、受診のたびにこうした言葉を繰り返しています。

 理由はむし歯を長年、放置してしまったために、5~6本、抜歯せざるを得なくなってしまったこと。歯冠(歯の白い部分)が溶けて歯の根だけが残った状態で、さらに歯ぐきの奥にむし歯が進行していました。

「もっと早く治療を始めればよかった」と後悔するのは、Aさんのように歯を失うことになったケースが圧倒的に多いと思います。歯を失えばその代わりに入れ歯やインプラントなどを入れなければなりません。歯の一部がなくなっても、人工歯をかぶせるなどで自分の歯を維持できた場合とでは、気持ちに大きな違いがあり、ショックを受けるものです。

 加齢とともに歯や歯ぐき、歯の骨は弱くなり、むし歯や歯周病が進行しやすくなります。

 アンケートでも「この1~2年の間に痛くなる、腫れる、つめものがとれるなど、歯に支障をきたしたことがある」といった歯の不具合を自覚する人の割合は30代以降、年齢とともに増えていきます。

 そして、当然ながらその数は先延ばし派のほうが多く、「もっと早く歯の健診や治療をしておけばよかった」と後悔している人の割合も高いのです。

 歯科治療を先延ばしする理由はさまざまでしょう。働き盛りの世代は多忙なために受診をしなかったり、治療を途中でやめてしまったりという人が珍しくありません。また、若い頃、「歯科が怖い」あるいは「いいかかりつけ医に出会えなかった」ことなどで歯科受診が遠ざかってしまうケースもあります。

 実はAさんもその一人で、かつて受診した歯科医院で飛び上がるくらい痛い思いをしたことがトラウマになり、歯が悪くなっても受診をためらっていたといいます。年齢を重ね、食べる楽しみを取り戻したいと思ったことが、再度、歯科治療を受けようという思いにつながりました。

 Aさんのように歯科の対応が患者さんの歯医者嫌いを引き起こしては元も子もありません。この点は歯科医師が十分に注意をはらわなければならない点だと実感しています。

○若林健史(わかばやし・けんじ) 歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演

著者プロフィールを見る
若林健史

若林健史

若林健史(わかばやし・けんじ)。歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演。AERAdot.の連載をまとめた著書『なぜ歯科の治療は1回では終わらないのか?聞くに聞けない歯医者のギモン40』が好評発売中。

若林健史の記事一覧はこちら