そんな山里の受けの美学はプロレスラーとも通じるものがある。プロレスラーは、ほかの分野の格闘家とは違って、基本的に相手の技をよけるということが許されていない。技をかけてきた相手に対して、まずはそれを真正面から受ける、というところから始めなくてはいけない。そのためには強靭な肉体と技を受け切る覚悟が必要だ。山里はお笑い界随一のプロレスラーであり、精神的には誰よりもマッチョである。

 蒼井優との結婚記者会見の場でも、山里の受けの技術が冴え渡っていた。記者の質問、しずちゃんのボケ、蒼井のコメントのひとつひとつに対して、素早く反応して1つ笑いを乗せて返す、というのを延々繰り返す。結婚会見というよりも「山里師範の百人組手」を見せられているようだった。

 記者会見に参加した記者や、情報番組のコメンテーターからは、山里と蒼井に対して普通に考えれば失礼だと思われるような質問やコメントもあった。もちろん、結婚という祝福すべき出来事に対して、不用意に水を差すような発言は慎むべきだろう。

 だが、お笑いの文脈で見れば、山里があれだけ好き勝手に各方面からイジられているのは、彼自身が「イジらせているから」だということも忘れてはならない。山里は受けの天才だ。ピッチャーがボールを投げてくれなければ、バッターは打つことができない。四方八方からボールが飛んでくるこの状況は、天才スラッガーの山里にとっては歓迎すべき事態でしかない。

 メディアに出るときの山里が常にへりくだった態度を取っているのは、自分に自信がないからではない。むしろ、誰よりも意識が高く自信家だからこそ、大きい野望のためにあえて身を削って戦っているのである。

 結婚会見の中で蒼井は「私は山里さんの仕事に対する姿勢を尊敬しています」と語っていた。山里の仕事に対する真摯な姿勢が、彼女の心を動かしたのだろう。当代随一の受けの天才は、大物女優からの尊敬の気持ちをしっかりと受け止め、それを愛に変えたのだ。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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