これは両A面シングル「愛しのテキーロ/男花」でのこと。ふたつの写真が組み合わされたこのポスターは、遠目だと本当にタッキー&翼に見間違えそうだった。ジャニーズJr.のワンツーコンビで結成されたというユニットの二面性をひとりでこなせるほどのルックスを、彼は持ち合わせているわけだ。今回はそんな圧倒的パワーを見せつけることで、元祖イケメン演歌歌手としての存在感を示したといえる。

■「キワモノ」こそ「王道」という真理

 そしてもうひとつ、ヴィジュアル系ロックやアニソンへの接近は「キワモノ」こそ「王道」という真理によってより高みを目指そうとする試みでもあるだろう。というのも、今年1月、氷川は「スポーツ報知」でこんな話をしていた。

「古き良き音楽は時代が変わってもなくならないけど、表現のスタイルを変えなきゃ時代に合わなくなる。(略)演歌歌手といってもカリスマ性のあるアーティストであるべきです」

 ちなみに、師匠でもある作曲家の水森英夫が彼を育てる気になったのは「変なコブシを持っていたから」だという。独特なコブシ回しに演歌向きな適性を感じたわけだが、氷川自身は演歌界の中心に20年近く身を置いてみて、その限界にも気づかされたのだろう。だからこそ、演歌だからいいではなく、氷川きよしだからすごい、という存在になろうとしているのではないか。

 ところで、彼はデビュー翌年にも河村隆一プロデュースのポップス「きよしこの夜」をリリースしている。ただし「KIYOSHI」名義だった。今回、そういう差別化をしなかったのは、すべて等しく自分の歌だという決意表明でもあるのだろう。

 そういえば、彼はこのインタビューで「結婚や家族を持つ願望」について、こんなことも言っている。

「それはもう氷川きよしには必要ない。ホッとする家族の空間は手に入れられなかったけど、その分ほかのものを手に入れた。華やかに一生を歌にささげていきます」

 ここまで言い切れる41歳の男は、なかなかいない。あたかも普通の幸せを切り捨てることで「キワモノ」から「怪物」へと進化しようとしているかのようだ。それが成功するとき、彼を「ズンドコの人」と呼ぶ人はいなくなるのかもしれない。

宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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宝泉薫

宝泉薫

1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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