「試練は避けられるならそうしたいけど、人は試練から呼びかけられていると思う。そうでないと人間は成長しない」


 
 じつは73年の池田がエラーをした年だが、あのエラーの後、池田はシーズン終了までに2本のサヨナラ本塁打を打って、チームの苦境を救った。エラーは帳消しのはずだ。だが世間は許さなかった。しかしそれゆえに彼の体験談は聴衆の心に響いたと言えまいか。 

 池田は05年、営業先で突然くも膜下出血に襲われ、59歳の若さで死去した。私はトロフィーや盾、賞状でいっぱいになった亡き池田の部屋を訪れた。本塁打を打ったときのパネル大の写真が飾られていた。その表情は精悍で爽やかなものだった。

 バックナーはどうであったか。04年にレッドソックスはワールドシリーズに勝利し、ようやく「バンビーノの呪い」から解放された。彼も安堵したことだろう。08年の本拠地開幕戦では始球式も務め、ファンから大喝采を浴びた。

 今で言えば、バックナーや池田に対するバッシングは現代のネット社会の卑劣ないじめの前兆でもあるだろう。現代はさらに加速して失敗した者、過ちを犯した者を容赦なく叩き追い詰め、当事者の立ち直りを困難にしている。それだけにバックナーが池田に語った「エラーはつきものだ。だがその後をどう生きるかだ」という言葉は今問いとして重くのしかかる。その答えは二人の人生から大いに学ぶことも可能なのである。

 5月27日(日本時間28日)、レッドソックスは選手たちがバックナーに黙とうを捧げ、かつての活躍を映像で観客に向けて流したという。(文中敬称略)

■澤宮 優(さわみや・ゆう)2004年『巨人軍最強の捕手』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近作に『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』(集英社文庫)、『イップス』(KADOKAWA)など。