みなさんは、授業中に先生が怒って出ていってしまったという経験はないでしょうか。先生が出ていくと、なぜかクラスの誰かが連れ戻しに行き、クラス一同で反省の意志を示すハメになります。その際、先生がお怒りになった気持ちに忖度した方、多いのではないでしょうか。私自身は忖度ばかりをしていました。

 生徒から現状より厳しい校則が返ってきたのは、学校が本音を聞けるほど子どもから信頼をされていなかったからという考え方もできます。

 これは勝手な私の想像ですが、日本の学校や校則は教育長のトップダウンだけでは変えられないということがよくわかりました。しかし服装や髪形にまで事細かな規則を設けて指導するのは人権侵害なのです。教育的な効果の有無以前の問題です。親や子どもが求めたとしても、管理的な教育だけが公教育であってはなりません。多様性と選択肢が必要なのです。

 ほかにも福山市では市内6校に公立の「校内フリースクール」を設置するという挑戦もスタートしています。

 フリースクールとは不登校の子らの学び場で、そのほとんどは「学校外」に民間団体が創設してきました。不登校の子の受け皿として市町村などが学校外に設置する「適応指導教室」は、教室に戻ることを目標にしているため、どうしても当事者の足が遠のいてしまいます。

 同市の「校内フリースクール」に所属している子は、いつ来てもいつ帰ってもよく、フリースクールでのすごし方もある程度は自由がありました。実際に城東中学校の校内フリースクールに通っている子からは「教室とはちがって楽しく通えている」という話も聞きました。実は、ある意味でタイプの違う学びの場を校内に併設するというのはとても画期的な取り組みです。

 教育は管理的なものばかりではなく、多様な学びが可能なことを先生や生徒は目の前で見ることになります。学校内で異文化の場を共存させ、「化学反応」を期待しているようにも感じられました。

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多様性と選択肢を増やす第一歩とは?