渡田均二塁塁審の「アウト!」の声に、鈴木は「元木さんが後ろから押すんで、何すんだと思ったら……」としばし呆然。この間、横浜は一塁コーチもベンチもまったく気づいておらず、“クセ者”にまんまとしてやられたのは、迂闊だった。

 しかし、多少のミスでもすぐに取り返してしまうのが、ベイスターズ自慢のマシンガン打線。1死一塁から駒田徳広の二塁打で二、三塁とチャンスを広げたあと、谷繁元信の左前タイムリーで虎の子の1点を挙げた。

 そして、9回は満を持して大魔神・佐々木主浩がマウンドへ。そのまま逃げ切るかに見えたが、いきなり先頭の石井浩郎に右中間への同点ソロを浴び、試合は振り出しに。

 その裏、横浜は先頭の新井潔が四球を選び、送りバントと内野ゴロで三進。2死三塁のチャンスで打席に立ったのは、これも何かの因果と言うべきか、隠し球アウトになった鈴木だった。

 鈴木は追い込まれながらも斎藤雅樹のストレートを中前へ。松井秀喜が必死にダイビングキャッチを試みたが、グラブのわずか数センチ手前にポトリ。「何でもいいから“落ちろ!”って思いながら走りました」という鈴木の執念が最後に実り、サヨナラ打となった。

 一方、よりによって、隠し球を成功させた相手からしっぺ返しを食う形になった元木は「試合に勝たなきゃ何にもならない」とガックリ。94年7月の阪神戦でも隠し球を成功させているが、この試合も敗れており、「元木が隠し球を成功させると勝てない」のジンクスも生まれた。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2018」上・下巻(野球文明叢書)。

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久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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