そしてラマダン月が明けると、イードというお祭りとなる。着飾って家を訪問しあい、子供たちにプレゼントをして、日本の正月のような雰囲気に包まれる。

「こうしたさまざまな意味が込められているので、断食というよりも仏教用語でいう『斎戒』に近いのではないでしょうか」(下山さん)

 そしてまたイスラム教徒同士が助け合う1カ月でもある。例えば東京ジャーミイでは、イフタールの食費は寄付によって賄われている。トルコ航空やレストランなどの企業や個人がスポンサードしているのだ。モスクに寄付を持ち寄り、集まったお金を貧しい人や難民に施す習慣もある。人は互いに助け合わなければ生きていけないことに、改めて思いを致すのだ。

 とくに異国で暮らしているイスラム教徒たちにとって、イフタールは大切なイベントだ。都内のIT企業で働くギニア人のバシールさん(28)は、

「日本には1月に来たばかりで、言葉もまだわからないし不安ばかりです。でもここに来れば、イフタールをともにできる仲間もいるし、一人じゃないと思えるんです」

 と笑う。パキスタン人で印刷関連の仕事をしているマンスールさん(22)は、バシールさんと親しげに話していたが、「いまここで会ったばかりなんです。たまたま隣に座ったので。でもこうしてイフタールは知り合いがたくさんできるきっかけにもなります」と言う。

 断食のあとの空腹を満たすという意味もあるけれど、それ以上に、心を埋めにやってくるのだ。その輪の中に、異教徒も入れてくれる。

 そんなイスラム教徒が日本の社会にも増えている。職場や学校や地域に、彼らが隣人として暮らす時代になっている。

 断食をしながら働けるのか心配になるかもしれないが、「疲れるけれど、大丈夫」とバシールさんが言うように、誰もがラマダンには慣れているし、飲食せずに日常生活を送るコツを身につけている。また礼拝で時間を取るときは、そのぶん残業するなど日本社会と折り合いをつけている。こちらがあまり気を使うこともないのだ。

「もしイスラム教徒の習慣に興味を持ったら、どんどん彼らに聞いてみてください。異文化理解の教材にしてほしい」(下山さん)

 ラマダンは6月4日まで続く(月の満ち欠けによってやや前後する)。その間、東京ジャーミイではイフタールを体験することができる。館内の見学はいつでも自由(10~18時開館)だし、週末は下山さんによる無料のガイドツアーも行われる。イスラム文化を知りたいと思ったら、お邪魔してみてはどうだろう。(取材・文/室橋裕和)