痛みとは、いったい何なのだろう。いつまでもリアルに記憶していたら、とても体が持たないから、脳はさっさと忘れさせるのだろうか。頭痛や歯痛などは、繰り返すたび、そうそう、これこれ、と鮮明に蘇る。が、その間は、つまり、忘れてしまっているのだ。思い出そうとしても再現できないようになっている。痛みに弱い人と強い人、つまり、感じやすい人と感じにくい人がいる、というのもよく言われることだが、誰も他人の痛みを感じることはできない。だから人がどのくらいの痛みに耐えているかは、本当は誰にもわからないはずだ。

 よく痛みの指標として、(1)痛くない、(2)少し痛む、(3)かなり痛む、(4)耐えられないほど痛む。など、自己申告して測る(更に10段階にわかれるものもある)方法もあるが、耐えられないほどの痛みがどの程度のものか、それはもう、誰にも一般的なところはわからない。これ以上に個人的な事柄があるだろうか。それなら、痛みなんか起こさないように脳が算段してくれればいいのに、と思うが、痛みには痛みの存在意義があるのだろう。今の状況にはどこか不都合があるのだ、このままでは生命体としてはやっていけないよ、という警告。

 話は変わるが、先般沖縄を訪れ、レンタカーを借りて回った。戦前の街道筋をめぐり、昔の写真や地図を見ながら、確認していったが、戦時中の爆撃で風景が一変したと言われていた通り、なかなか場所を同定することは容易ではなかった。知れば知るほど、すさまじいことが起こったのだという認識を新たにした。その度に、文字どおり体に引き受けるように痛みを感じた。

 米軍は沖縄本島上陸前の1週間で約4万発の砲弾を撃ち込んだ。その後3カ月にわたる激戦も含め、その苛烈さは、鉄の暴風とも呼ばれ、山容が変わるほどだった。いうまでもなく、人命に至っては筆舌に尽くしがたい犠牲が払われた。

 山々に砲弾が撃ち込まれる。何万発も。そして形すら変わっていく。例えば、自分が小さい頃から見慣れていた山が、そういう目にあったとしたら、想像しただけで、その衝撃は相当なものだろうと思う。まるでそれが自分の身に起こったことのようにこたえるだろう。自然と、人間の精神との結びつきには、測り知れないものがある。沖縄の方々が先の戦争で受けた痛み、悲しみは、自分が、家族が、というだけでは済まされない、表立って目に見えないところにまで及んでいたのだろう。

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