その声は、「恋人同士は分かりあうことが当り前なの。分かりあえてない今の状態は異常なの」という悲鳴と確信に満ちていました。

 でも、恋人はどんなに愛し合っていても、考え方も生まれ育った状況も違うのです。つまりは、違う価値観に生きているのです。愛は価値観の違いを溶かしません。あいまいにできるのは、愛が燃え上がった初期の短い時間だけです。

 そして、分かりあえない恋人同士が、分かりあう瞬間を共有するからこそ、本当に嬉しいのです。

 子供と親も同じです。分かりあえないことが前提です。僕は、そんな風に考えることが、不機嫌をコントロールすることだと思っています。

 旦那さんが小学校の先生だから、あーこさんは、よけい自分の話し方に自信がなくて、ダメだなと思うんですよね。でもね、そんな話の上手い旦那さんは、(自分に自信のない)あーこさんを選んだのです。それは、あーこさんに素敵なところがいっぱいあったからだと思いませんか?

 あーこさんは、旦那さんの優れた話術にコンプレックスを感じています。では、例えば、旦那さんはあーこさんの料理の腕にコンプレックスを感じていますか? それともあーこさんより、旦那さんは料理が上手いですか? もし、あーこさんが旦那さんより料理が上手くて、でも、旦那さんがある日「君の料理の上手さに僕はコンプレックスを感じている。僕はダメだ。自分に自信がない」と告白したら、なんて言いますか?

「それは、練習したらいいことよ。コンプレックスを感じるなんて意味がないと思うわ」と言いませんか?

 そして、「あなたの魅力は、料理の下手さで減るものじゃないわよ」と言いませんか?

 料理が技術であるように、話し方も言葉の選び方も技術です。技術は、練習すればするほど間違いなく上達します。逆に言えば、練習しないと絶対に上手くなりません。

「料理が下手だ!」と落ち込んだり、腹を立てたりする時間があるなら、とっとと作った方がいいと思いませんか?

 話術も同じです。焦らず、慌てず、少しずつ、自分の気持ちを言葉にする練習を続けてください。

 間違いなく、楽になっていくはずですから。

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鴻上尚史

鴻上尚史

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)/作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる 』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。Twitter(@KOKAMIShoji)も随時更新中

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