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「平成」を代表する最強の左打者は誰だ?

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平成を代表する左打者・イチロー (c)朝日新聞社

平成を代表する左打者・イチロー (c)朝日新聞社

 「平成」とは何だったのか。プロ野球界では、数多くの打者、特に左打ちのバッターが隆盛を極めた時代でもあったと言える。令和時代への転換期にいま一度、平成30年間のプロ野球を「左打者」とともに振り返りたい。

 真っ先に名前が挙がるのが、不世出の天才安打製造機、イチローで間違いない。

 プロ入りしたのが平成4年の1992年。その2年後の1994年にシーズン210安打、打率.385をマークして一躍スターダムにのし上がると、翌1995年は首位打者、打点王、盗塁王、最多安打、最高出塁率の五冠に輝いてオリックスのリーグ優勝に貢献した。そして3年連続シーズンMVP(1994~96年)、7年連続首位打者に輝いた後、2001年からはメジャーリーグに舞台を移して10年連続でシーズン200安打以上、2004年にはMLB記録となるシーズン262安打をマーク。先日、現役引退を発表したが、日米通算4367安打という偉大な記録は今後も破られることはないだろう。平成の時代に最も輝き、記録、記憶ともに時代を象徴する打者だった。

 そのイチローが天才的なバットコントロールで「柔」の左バッターだった一方、平成を代表する「剛」の左バッターが“ゴジラ”こと、松井秀喜だった。

 星稜高校の4番として甲子園で伝説を残した後、平成5年の1993年に巨人に入団。2年目の1994年からレギュラーに定着すると、1996年から7年連続でシーズン30本塁打以上をマークし、2002年には打率.334、50本塁打、107打点という傑出した成績を残した。そして2003年からは海を渡り、ヤンキースの一員として勝負強さを発揮して計4度のシーズン100打点以上をマークし、2009年にはワールドシリーズMVPに輝いた。時差があった中、ニュースでイチローと松井の映像が流れ、その日の打撃成績をチェックするのがルーティンとなったのも、平成という時代だった。

 この2人だけではない。日本の歴代通算安打数でトップ10に入っている平成の左打者が、金本知憲と立浪和義の2人だ。


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