「頼る人がいなくて、子どもが小さく、自分が病気。一つ一つは乗り越えられそうなことだったとしても、一度に揃うと身動き取れなくなってしまうんです。まずは自分が健康にならないとと、何度も自分に言い聞かせて治療していました」(紀子さん)

 紀子さんが病気で動けないときは、夫は暴力を振るうこともなく、生き生きしているようにさえ見えた。しかし、持病が落ち着いてくると、夫は次第にお酒の量が増え、紀子さんが浮気しているのではないかと疑い執拗に詮索するようになった。毎晩、仕事から帰ると紀子さんの財布と通帳、ゴミ箱に入っているレシートや洗濯物を確認する。携帯電話をロックしても、ICカードを別端末に入れてメールや通話履歴を夜中にチェックされていた。そして寝ている紀子さんを起こし、とりとめもない話を夫の気が済むまで続けた。

 ある日、布団に入ると、先に寝ていたはずの下の子が起きていて「ママ、今日も頑張ったね」と小さくつぶやいたことがあった。

「ごめんね、眠れなかったよね。トイレにも行けなかったよね」

 そう言いながら、夫から離れなければと決意した。

■「シェルター行き」選択できたキーパーソン

 昨年1月に野田市の小学4年生、栗原心愛さんが亡くなり、両親が逮捕された事件では、DV被害を受けていた母親も逮捕されたことで衝撃が広がった。なぜ危険な場所から離れることができなくなってしまうのか。紀子さんは言う。

「母親が前に出ないほうが、被害が少なくて済むと考えてしまう気持ちはよくわかります。夫が娘を叱り始めたとき、娘が助けを求めて私を見ると夫は『お母さんを見るな!』と余計に怒ったし、私も痛い思いをするのがもう本当に嫌でした。私はたくさんの人に支えられてシェルターに行くことができたのですが、そこで初めてこれまでの日常が異常だったと感じました。自分でも気が付かないうちに普通の感覚ではなくなっていくのだと思います」(紀子さん)

 紀子さんが夫の支配から抜け出せたのは、2人の女性の存在があったからだという。

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夫の行動パターンをあぶりだした一つの質問