「ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は人間性を次のように述べています。『“人間性”とは、人間同士が“互いに異なった個性をもつ人間である事を認め合う事”。そして全体主義とはその人間性を破壊するもの』だと定義しました。京都精華大学は、アーレントと同様に個々の人間の尊重を前提にし、全体主義を否定する立場をとります。(略)

 本日、みなさんと協働で大学を運営することになります。私はマリの教育課程を経て、持続的に考えてきたのは、自分の可能性を信じ、人間としての自由と自立を求めることです。自分の可能性を信じれば、生まれ育った環境が異なっても、人間同士の協働は可能なはずです。しかし、人間同士の不調和によって、世界中で様々な問題、アラブの春、シリア騒乱、無差別テロなどが多発しています。今日、世界中で近代システムのモデルとされている国民国家の限界が現れており、価値観や文化の違いによって様々な問題が発生しているのです。これらの影響が及ぶ範囲で、十分な教育が受けられない子どもが増加し、『人格がある人間』と見られない人々も増加しています。つまり、みなさんと話をしているこの瞬間にでも、その人格が否定され『奴隷』として、人間がどこかで売買されています。近代システムが我々の可能性を拡大する一方で、私たち人間としての存在を脅かしているように思います。

 京都精華大学が考える『人間尊重』は、この大学の中だけに留まるものではありません。岡本清一初代学長の『教育の基本方針に関する覚書』にも『人間を尊重し、人間を大切にすることを、大学の教育の基本理念とする。この理念は日本国憲法および教育基本法を貫き、世界人権宣言の背骨をなすものである』と書いてあります。京都精華大学は世界人権宣言を尊重するということです」(4月1日)

 ハンナ・アーレントは全体主義のあり方を解明するなど、社会を変革しようと考える人々に大きな影響力があり、若い世代からも支持されている。いま、日本の大学は国の政策に従わざるを得ない側面があり、どの大学も同じようなカリキュラムを打ち出している。こうしたなか、アーレントを引用する、サコ学長のことばは重い。

 同大学には上野千鶴子氏が助教授、教授として教壇に立っていた。上野氏は東京大祝辞のなかで、人間尊重という観点から、東京大生に「恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助ける」ことを訴えたが、これは、京都精華大の教育基本理念である「人間を尊重し、人間を大切にする」という考え方に通底する。

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