変な話、衣装とか普段着とか洗濯してくれる人、いるの?とかも心配でした。そりゃもちろん日本側スタッフに頼んでくれれば何でもしますよ。でもマイケルが頼んでくれないと、何もこちらからは手出しできませんからね。当時、スポーツ新聞やワイドショー用に『今日のマイケル』みたいなネタをレコード会社から送っていたんですが、その写真なんか見ると、同じような服を毎日着ていて、エリがクタッとなっていたりする。もしかして昨日と同じ服?マイケル大丈夫かな?と心配していました」(清水さん)

 部屋のバスルームで一人コシコシとパンツや靴下を洗うマイケル……というのも、ありえない話ではないと清水さん。実際多くのアーティストは、自分でそうやって部屋で洗濯をすることも多いんだそうだが、よもやマイケルもそうだったのか?

 日本テレビの白井荘也さんの本にも、87年のマイケル来日公演は元々、幼少期からの友人であるオズモンド・ブラザーズ(注:70年代に人気を博したファミリー・コーラス・グループ)のジミー・オズモンドに、マイケル本人が「日本で誰か信用できる人はいないか?」と尋ねたことから始まったとある。

 マイケルに尋ねられたジミー・オズモンドは、自分が17歳から出演していた日本のTV番組「日曜お笑い劇場」のディレクターだった白井さんを、「この人なら」とマイケルに紹介した。コンサート・プロモーター探しなど、普通アーティスト自身がやることではないが、マイケルはそこまで自分でやっていたのだ。

 マイケルは誰も信用できずに、何もかも自分でコントールしたくなるコントロール・フリークになっていたともいえる。しかし、その反面でまた違うマイケルの顔が見える。

「でもジミーは当時すでにかなりやり手のビジネスマンでもあり、ディズニー・オン・アイスの興行権なども持っていたと聞きます。マイケルはそうした面も鑑みて、ジミーを信用していたんだと思いますよ」と清水さん。

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ネヴァーランドの「お菓子の家」