自殺寸前まで追い詰められた男性が「芸人」と「社長」2足のわらじを履き成功できた理由 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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自殺寸前まで追い詰められた男性が「芸人」と「社長」2足のわらじを履き成功できた理由

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社長芸人・山本雄彦さん

社長芸人・山本雄彦さん

芸人としてのお仕事中

芸人としてのお仕事中

 大ヒットスイーツの火付け役から一転、うつ病、破産から復活――。現在、芸人をやりながら年間200億円を扱う貿易コンサル会社を経営する山本雄彦さんの、ジェットコースター人生とは。

【芸人と社長という二足のわらじを履く山本さんの芸人姿はこちら】

*  *  *
 山本さんは関西大学在学中に吉本興業のディスコ部門でアルバイトを経験。大学卒業後はコンサルタント会社、商社勤務をへて、ギフト商品の会社に勤めながら、25歳で香港に会社を設立する。

 30歳で独立。飲食店経営者に頼まれて、マカオの人気スイーツ「エッグタルト」の日本導入を手がける。エッグタルトは大人気となるが、超多忙となった山本さんは過労で倒れ、重いうつ病をわずらってしまう。

「エッグタルト」の店は売却され、収入の道を断たれた山本さんはすべての財産を失う。自殺寸前まで追い込まれるが、唯一残ったマイレージを使ってオーストラリアへ。明るい太陽とフレンドリーな人たちにいやされ、うつ病から回復する。

 帰国後はニュージーランドの農家と取引きするビジネスに取り組み、自身の会社を立ち上げる。そして、ニュージーランド貿易の第一人者として実績を築いていくのだ。

●仕事だけの人生を反省し、ダンスを始める

 話は、自己破産した山本さんがうつ病の治療で通院していたころにさかのぼる。治療の一環として、山本さんはダンスを始めた。

「仕事だけで生きてきて、うつ病に追い込まれたわけですから、そこを反省して、息抜きのつもりで始めたんです。これがなかなか面白くて」

 オーストラリアで大道芸を始めたときも、山本さんのサンバ風ダンスが好評だった。帰国して、農産物を輸入する商社に勤めるが、うつ病から完全復活してからは、仲間たちとモダンダンスの舞台に立つこともあったという。

「オーストラリアでヌーディストビーチに行ったとき、そこいる人たちが本当に楽しそうで。何ものにもとらわれず、人生を生きていた。あれを見て思ったんです。仕事ばっかじゃダメやなと。自分の若いときの楽しかったことを思い出して、いろいろやってみるべきだと感じましたね」


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