清宮は大丈夫なのか… 往年の強打者も苦しんだ手首骨折 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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清宮は大丈夫なのか… 往年の強打者も苦しんだ手首骨折

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西尾典文dot.
清宮幸太郎 (c)朝日新聞社

清宮幸太郎 (c)朝日新聞社

 近年、高校卒であっても若手の抜擢が早くなっているプロ野球界。藤原恭大(ロッテ)が開幕スタメンに名を連ね、小園海斗(広島)も開幕一軍を勝ち取った。2年目の選手では村上宗隆(ヤクルト)が打率こそ1割台ながらすでに3本塁打を放ち、西浦颯大(オリックス)もここまで全試合センターでスタメン出場している。二軍でも安田尚憲(ロッテ)が3割を大きく超える打率をマークしており、一軍から声がかかるのを待っている状態だ。

 そんななか、苦しい2年目を迎えているのが清宮幸太郎(日本ハム)だ。自主トレ期間中から右手首の違和感を訴え、3月3日のオープン戦で途中交代。精密検査の結果、右手有鈎(ゆうこう)骨の骨折が判明して5日には骨片を取り除く手術を受け、全治は3カ月と言われている。3月下旬には守備練習を開始し、4月13日にはマシン打撃を再開するなど回復には向かっていると言われるが、打撃に重要な右手首の故障ということで今後のプレーに影響が出ないかが不安視されているのも事実だ。

 手首の骨折ということで有名なのが現在巨人の監督を務めている原辰徳だ。1986年9月、津田恒実(広島)のストレートをファウルにした際に左手の有鈎骨を骨折。翌年には復帰して打率.307、34本塁打という結果を残したものの、本人は「バッター原辰徳はこの骨折の時に終わりました」と発言しており、手首の違和感は最後まで消えることはなく、全盛期のスイングはできなかったという。

 原よりも顕著に成績が下降したのが石井浩郎(元近鉄・巨人・ロッテ・横浜)だ。1994年には111打点をマークして打点王に輝くなど当時のパ・リーグを代表する強打者だったが、1996年の開幕直後に左手の有鈎骨を骨折。そのシーズンを棒に振ることとなった。翌年にトレードで巨人に移籍し、一時は4番を務めた時期はあったものの調子は上がらず、2000年にロッテにトレードとなり再び左手首を骨折。結局1996年以降の7年間で29本塁打に終わり、一度も規定打席に到達することはなかった。



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