2019年3月26日、実の娘(当時19)と性交したとして準強制性交等罪に問われていた男性被告に、一審・名古屋地裁岡崎支部は無罪判決を言い渡した。公判において、男性被告の弁護側は「娘は抵抗できない状態になく、性交にも同意があった」と主張していたという。

 同じく実父により、13歳から7年間にわたって性暴力を受けていた女性がいる。性暴力被害者支援看護師として活動をする山本潤さんだ。山本さん自身も、状況的に抵抗が困難だったわけではないようにみえるにもかかわらず、被害に遭っているときは、父親に抵抗することが適わなかった。それは、なぜだったのか?

 被害者だからこそわかる当時の心境を『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)から紹介する。

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 あのことは私に何の影響も与えていない。そんなにひどいことはされていない、性被害であるはずがない。私は大丈夫、そう思いたかった。

 その一方で、こんな目に遭っているのは私だけだとも思っていた。それに、もし私が父親から性的に触られたことがある人間だと知られたら、そんな異常な体験をした私は、石もて追われると信じ込んでいた。

■なぜ逃げられなかった?

 30代半ばに「トラウマ」という概念を学んでようやく、父のしたことがなぜそれほどまでに私を損ない、人生に大きな影響を与えるのかそのメカニズムを理解できたと思う。

 トラウマになるような「死ぬかもしれない」と思わされる出来事に遭遇すると、人間の身体は生き残ることに全てを集中させる。脳のスイッチが切り替わり、人間がサバンナにいたころから用いてきた生き残り戦略が優先されるのだ。

 そして逃げることも戦うこともできないとき、もう一つの自衛策としてフリーズ(凍りつき)が起こる。医学生物物理学博士で心理学博士であるピーター・リヴァイン氏は、フリーズ(凍りつき)も逃走や戦闘と同じように、生き残るためには普遍的で基本的なものだと述べている。

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もし、サバンナでインパラが…