薬物報道の大きなジレンマは、違法薬物の効果が広く周知される点だ。本記事でも、コカインを使用すると「やる気がでる」と述べた。興味を抱く人が出ても不思議はない。だが、そういった一時的な快楽や生産性を遥かに上回る害悪が科学的に証明されているからこそ、法的・社会的に禁忌とされていることを改めて理解しておきたい。

 コカインや覚せい剤などの中枢神経刺激薬は、常用することによって「無動機症候群」を引き起こす。

 日々の生活において、人は「意欲」を抱く。「友人にラインをしよう」「洗濯物を取り込もう」「仕事の調べ物をしよう」といった、きわめて自然なやる気の発露だ。こうした意欲は、体内で自然に生成されるドーパミンという神経伝達物質を、脳が受容することで生じる。

 しかし、コカインなどによって日常的に脳を刺激していると、脳が形態学的な変化を起こし、通常の量のドーパミンでは機能しなくなってしまう。結果として生じるのは慢性的な虚脱状態。これが無動機症候群だ。こうなってしまうと薬物を断っても、元の状態に回復することはない。健全な社会生活は困難だし、薬物を継続すれば行き着く果ては肝機能障害による死か、刑務所だ。

 また、流通するコカインには多くの不純物が含まれており、そうした物質が危険を招くケースが少なくない。

 ローザンヌ大学(スイス)の研究者が、2006年から2014年にかけてスイス国境で押収された6586点のコカインを分析した結果、6586点のうち97%から不純物が検出された。それぞれのサンプルのうち、純粋なコカインが占めた割合は平均で40%。つまり、1グラムの小分けコカインがあったとして、そのうちの0.6グラムはコカインではない“ナニモノか”なのだ。(なお、この調査論文の主著者ジュリアン・ブロシウス氏は、他国の研究機関が各地で行った同趣旨の調査の結果を比較し、この傾向は世界的に適用できると述べている)

 そうした不純物のほとんどは、かさ増しして利益を増やすため意図的に混入されたと考えられる。種類はきわめて多岐に渡るが、ローザンヌ大学の調査では、砂糖、カフェイン、フェナセチン(鎮痛剤の一種。発がんや腎障害などの重篤な副作用があり、日本では使用されていない)、レバミゾール(線虫などの寄生虫を駆除するための薬。家畜に用いられる)、リドカイン(局所麻酔や不整脈の予防に用いられる)などが発見された。より悪質な例として、殺鼠剤や粉状にしたガラスが混入されていたケースも過去には報告されている。

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世界規模でコカイン汚染は拡大