古賀茂明「既得権とドヤ顔で癒着する安倍総理が率いる改革レガシーなき長期政権」 (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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古賀茂明「既得権とドヤ顔で癒着する安倍総理が率いる改革レガシーなき長期政権」

連載「政官財の罪と罰」

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著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。最新刊『日本中枢の狂謀』(講談社)、『国家の共謀』(角川新書)。「シナプス 古賀茂明サロン」主催

著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。最新刊『日本中枢の狂謀』(講談社)、『国家の共謀』(角川新書)。「シナプス 古賀茂明サロン」主催

安倍晋三総理 (c)朝日新聞社

安倍晋三総理 (c)朝日新聞社

 また、食糧管理制度廃止後の減反は、あくまでも農家の自由裁量の範囲で行われるという建前を採っていたので、コメを生産しないことに対して補助金を出したり、ほかの作物に転作することに補助金を出したりという政策が必要で、そのためのコストは結局国民から税金を取るという形で一般庶民に転嫁されてきた。

 さらに、コメの価格が高いということは、国際競争力が低いということを意味し、そのため、日本は異常な高関税を維持し、事実上のコメ鎖国政策を採り続けるしかなかった。これに対しては、常に国際貿易交渉で他国から批判され、これを守るために、他の分野で大きな譲歩を強いられるなど、日本の貿易政策のアキレス腱にもなっていた。

 こうした政策は、コメの高価格維持⇒消費者離れでコメ需要減少⇒コメ価格の下落圧力⇒下落阻止のためさらなる減反実施⇒生産量のさらなる減少⇒高価格維持⇒さらなるコメ離れという悪循環を維持するもので、持続可能でないのは明らかだった。

 このため、減反の廃止は誰から見ても当然の政策だと認識されていたが、自民党農水族や農協の政治力でなかなか実施できなかった。

 これが非常に難しい問題だというのは誰もが知っている話だったので、前述した13年の安倍総理による「減反廃止」宣言は、非常に大きなインパクトを世の中に与えた。新聞各紙は当然1面トップでこれを扱った。これに言及する安倍総理の顔は、まさに「ドヤ顔」そのものであった。

■「減反廃止」はフェイクニュース?

 そして、減反政策は約4年後の18年4月から「廃止」となった。

 しかし、実際には、13年の廃止宣言と同時に、減反維持の動きが始まった。18年から減反をやめると決めたのだから、本来は、そこへの軟着陸のために、徐々に生産量が増加する方向へと政策の舵を切っていかなければならないのだが、実際に行われたのは全く逆の政策だった。

 そもそも、安倍総理が宣言した「減反廃止」とは何だったのか。

 それまでの減反の仕組みは、国が日本全体のコメの望ましい生産量を決めて、それを都道府県ごとに割り当てて生産上限を指示し、さらに都道府県から市町村、市町村から農家へと生産上限を細分化していく仕組みだ。しかし、安倍総理が「廃止」すると言ったのは、単に国が都道府県への生産上限の配分を行うことをやめるという意味でしかなかった。

 つまり、よく考えれば、安倍総理が言ったのは、元々、「減反廃止」ではなく、「減反のための国による生産量の配分行為の廃止」に過ぎなかったのだ。

 一方で、後に述べるとおり、減反に関する他の政策は維持、ないし拡大されることになった。これらを総合すると、「減反廃止」は明らかに誤報であり、減反は形を変えて維持されると見るべきだった。少なくとも自民党農水族や農協関係者の意識は、何とか減反を維持したいというものであったことは確かだし、官邸でさえ、14年以降も、選挙のために米価を維持せよと強く農水省に指示を出していた。そうした実態から見れば、最初から大手マスコミがフェイクニュースを流してしまったと言ってもよいだろう。


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