世界ランク1位の宿命と向き合う大坂なおみ (c)朝日新聞社
世界ランク1位の宿命と向き合う大坂なおみ (c)朝日新聞社

 その時、大坂なおみがまとっていた感情は落胆や失意ではなく、安堵のように見えた。

 “ディフェンディングチャンピオン”として迎えたBNPパリバ・オープンを4回戦敗退で終えた後の会見の席。「いつもの私なら、このようなスコアで負けた後はとても落ち込んでいると思う。でも、今の私はそんなに悪い気分じゃないの」。時おり笑みすら浮かべながら、大坂は胸の内を明かす。

「今の自分が置かれた状況を考えたとき、私は悔いなくベストを尽くした。いかなる状況でも、試合を通じてポジティブな姿勢を保ってきた」

 それが、彼女の表情に陰のない理由だった。大坂の言う「自分が置かれた状況」には、種々の要素が含まれる。

 初めて背負った“ディフェンディングチャンピオン”の肩書。

 行く先々で生まれる、彼女の名を大声で叫びながらサインや写真を求める人々の渦。

 コートに足を踏み入れる度に「ワールドナンバー1プレーヤー!」と紹介される、扇情的なアナウンス。

 そして、前コーチ解任を巡る流言蜚語(りゅうげんひご)の類の憶測と、2週間前に雇ったジャーメイン・ジェンキンス新コーチを品定めするかのような視線。

 2月中旬のドバイ選手権では、それら直面する数々の“初”を彼女の心は受け止め切れず、初戦で涙の敗戦を喫した。

 それから、3週間後――。

 BNPパリバ・オープンでの大坂の初戦(1回戦免除の2回戦)の相手は、奇しくもドバイで敗れたばかりのクリスティナ・ムラデノビッチ。その難敵を破り、夜空に大きく安堵の息を吐き出した世界1位は、「こんな感じ方をするのは私だけかもしれないけれど、負けた後は、次に勝てる日はいつ来るのだろうと思ってしまう」と、抱えていた不安を打ち明けた。

 3回戦のダニエル・コリンズ戦は、「感情の高ぶりを感じられないまま」コートに立った試合だった。闘志が沸き起こらなかったことに、これといった理由はない。「そんな日は、時々あるもの」だと彼女は言う。ただそのような状態でも、試合中に自らを鼓舞し、スコア的には完勝と言える勝利をつかむ。

次のページ
無名と天才、当時と入れ替わった立場