医師になる夢を諦められなかった私は、1年間だけ浪人して医学部を目指すことを決めました。

「私立の医学部に入るお金はない」

 そう両親からはっきりと言われた私には、国公立の医学部に合格するしか医師になる方法はありませんでした。しかし、受ける模擬試験全てでD判定かE判定ばかり。「地域枠は一般枠よりも偏差値が下がるから、医学部に入りやすくなる」という噂を予備校で耳にしていた私は、願書を出す際、「医者になるチャンスが、ほんの少しでも広がるなら」と思い、「地域枠」を本気で検討したのでした。

 募集要項には、滋賀で働く意思や義務年限、授業料や入学金が奨学金でまかなわれるということについての内容の記載はあったものの、奨学金返済時の利子のことなど詳しい記載はなかったように記憶しています。地元で医師として働けば、奨学金を返済しなくていいという制度は、親の負担も減るのでは、と少なからず魅力に思えたのでした。

 けれども、生まれ育った滋賀にいるか分からない。卒業後、滋賀にいたいと思うかどうかわからない。県外に出てみたいと思うかもしれない――。そう考えた私は、地域枠を希望することをやめてしまいました。

■「19歳の私」に6年先の人生を決めさせる

 医師になるまで、最短でも6年かかります。つまり、「地域枠」を選択するということは6年先の人生を決めるということ。19歳の私にそんな先のことが、分かるはずも想像できるはずもありませんでした。今思うと、将来のことの約束を守る自信が私にはなかった、というのが正直なところだったと推測しています。

 医師になり、私は生まれ育った関西を離れました。19歳の私と、25歳の私とでは、見ている世界も見えている世界も考え方もまるで違います。医学部の門すら叩いていない19歳に、将来の勤務の仕方を決めさせるのは酷なのではないでしょうか。

 奨学金給付を受けている地域枠の医学生数名に話を聞いたところ、「年利に関する記載が入学願書になく、よくわからなかった」といった声や、「卒後9年間の義務年限や、10%もの金利を考慮すると、もっといい条件の奨学金があったのではないか」と漏らす医学生もいました。

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地域枠「離脱者」は採用しない