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鴻上尚史が指摘する「不寛容社会」のメカニズム 原因にスマホ?

連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」

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 鴻上尚史の人生相談。「自動車の右折時に曲がる方向に寄らずに邪魔になる」「複数人の歩行者が歩道を広がって歩く」などの迷惑に心底イライラしてしまうという28歳の男性。いつかトラブルになるのではと恐れる相談者に鴻上尚史が答えたスマホがもたらす不寛容とは……。

【相談21】 他人に迷惑をかけられることが無性に腹立たしい(28歳 男性 じゅん)

 社会生活を送るうえで、他人に迷惑をかけられることが、無性に腹立たしく思えます。ここでいう、迷惑をかけられるとは、たとえば、「電車で先に乗っている人たちが奥まで詰めずに入り口付近に乗っていると混み合って乗りづらい」だとか、「レジでの精算の段階になって漸く財布を取り出す」だとか、「自動車の右折時に曲がる方向に寄らずに邪魔になる」だとか、「複数人の歩行者が歩道を広がって歩く」だとか、「駅構内の階段をだらだらとスマートフォンを見ながら上る」などのマナーやモラルに関するものや、「自転車で右側の車道を走る」などの法律違反などを指しています。

 勿論、自分自身も社会の構成員のうちであることはわかっていますし、知らないところで他人に迷惑をかけてしまっていることもわかっています。人間には能力差や老化などがあるために、配慮する余裕がないことや、そもそも私が気になることが気にならない人もいることなどもわかっています。

 しかし、頭では理解していても、このようなことが起こるたびに心の底からイライラしてしまい、なにか解決策はないかと考えてしまいます。トラブルになり、いつか殺されるのではないか、などとも心配になってしまいます。自分が社会に影響を与えられるだとか、社会に限りなく属さなくても生活していけるだとかそのような才能がないために、半ばコンプレックスのようなものが原因なのかもしれません。これから生きていくにあたり、少しでも生活しやすくなるようにアドバイスがもらえたらと思います。よろしくお願いします。


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