これは非常に理にかなっているのだが、金委員長は、自国の経済発展に必要な制裁解除を得るための譲歩をする際に、命綱である核とミサイルは、体制の保証が確保されるまでは絶対に手放すことはないはずだ。最後は放棄しても良いと思っていたとしても、彼の頭の中には、体制保証を得ないうちに先に核開発を放棄して、後に政府を転覆されたリビアのカダフィ大佐の例が心に深く刻まれている。

 安倍政権は、北朝鮮は嘘つきだから信用されないのは当たり前だ、だから、信頼されたければ、まず、北朝鮮が非核化の後戻りできないステップを踏むべきで、制裁解除はそれまでは検討すらするべきではないと考えているようだが、これは完全に間違っている。

 なぜなら、この「不信の溝」を形成した責任は、北朝鮮だけでなく、アメリカ、韓国にもあるからだ。古いことはさておいても、アメリカが北朝鮮の体制崩壊を狙っていたことは、明らかだ。「斬首作戦」なる軍事作戦もあった。金氏を殺害する計画をつい最近までなかば公然と実施していたのだから、同氏から見れば、うかつに米側の言葉を信じて核とミサイルを放棄した途端に自分は殺されるかもしれないと思うのは当然だ。その不信感を生んだ責任は米韓側にある。

 さらに、トランプ大統領が信じられるとしてもそれだけでは不十分だ。ボルトン大統領補佐官ら強硬派もいるし、20年の大統領選挙でトランプ大統領が失脚すれば、次の政権がどう出るかわからない。

 それにもかかわらず、例えば、米側が、非核化の重要なステップと位置付けている核施設の包括的なリストの提供という行為を北朝鮮が実施すれば、その後交渉が決裂した時に、その施設をピンポイントで先制攻撃されてしまう。それでは、北朝鮮は、唯一のカードを失い、全く勝負にならなくなる。

 つまり、いくら金委員長に、先に非核化の後戻りできないステップを踏めと言っても、無理な話なのだ。今のままなら、決裂しても、隠してある核爆弾とミサイルで攻撃するぞという脅しが生きている。したがって、決裂するなら今のままがよいということを金委員長は考えているだろう。

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「経済的損得勘定」で「信頼」までたどり着けるか