■金正恩委員長の心境を考えてみる

 今紹介した記事に書いたとおり、金正恩委員長は、北朝鮮の国家体制を守ること(それは自分がアメリカに殺されないことと同義)及び北朝鮮の経済復興を成し遂げることが自分の使命だと考えている。後者についてもう少し具体的に考えてみよう。

 北朝鮮の経済は非常に厳しい状態に置かれている。経済制裁によるところが大きいが、そうではなくても、韓国などに比べて大きく後れをとっている。最近では中国にも引き離され、中朝国境を行き来する北朝鮮人民から見れば、その落差は歴然だ。いくら鎖国政策を取っていても、少しずつ情報は広がる。これ以上困窮状態が続けば、いずれは人民蜂起という事態もあり得る。それは、国家の崩壊だけではなく、自分自身の死を意味する。金氏は、終身独裁者だ。この点は他の先進諸国のリーダーとは根本的に異なる。これから40年、あるいはそれ以上の期間、体制を維持しなければならない。アメリカから攻撃されなくても、その40年を鎖国状態のまま乗り切れることはないということは、スイスで教育を受けた金氏にはよくわかっているはずだ。だから、核・ミサイルと同じかそれ以上に経済復興が優先課題だと考えているのだ。

 先代の金正日委員長は先軍政治を掲げていた。金正恩氏もそれを引き継いだが、すぐに、これを経済復興と核・ミサイル開発の「並進路線」に転換した。さらに、昨年1月の新年の辞では、経済最優先路線を宣言し、4月の朝鮮労働党中央委員会総会で正式にそれを決定した。米側から国を守ることは、自分が生き延びるための必要条件ではあるが、十分条件ではない。経済復興という条件を満たして初めて自分の身が守られるということを理解したうえで方針転換を図ったのだ。

■「不信の溝」は米韓側にも責任

 トランプ大統領も金委員長の考え方をよく理解している。だからこそ、最近の交渉では、北朝鮮の経済発展の可能性について、ことあるごとに強調しているのだろう。非常に実利的に、金委員長に、「不信の溝」を「経済的利益」という餌によって乗り越えさせようという作戦だ。

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安倍政権の間違い