古賀茂明「統計不正で大馬鹿でも極悪人でもない厚労官僚たちがはまった罠」 (3/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
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古賀茂明「統計不正で大馬鹿でも極悪人でもない厚労官僚たちがはまった罠」

連載「政官財の罪と罰」

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衆院予算委で質問を聞く根本匠厚労相(C)朝日新聞社

衆院予算委で質問を聞く根本匠厚労相(C)朝日新聞社

著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。最新刊『日本中枢の狂謀』(講談社)、『国家の共謀』(角川新書)。「シナプス 古賀茂明サロン」主催

著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。最新刊『日本中枢の狂謀』(講談社)、『国家の共謀』(角川新書)。「シナプス 古賀茂明サロン」主催

 では、官僚が「悪人」、時に「極悪人」となるのはどんなときかというと、「自分の出世」がかかるときと「役所の利権」が絡むときである。

 そういう場面になると、役人はどうしても誘惑に負けて、悪い道を選んでしまう。馬鹿ではないから、悪いということはわかりながら、止められないということもあるし、30年の役所生活で、悪いことだという観念すら麻痺してしまっていることもある。

 一般の人でも、同じような傾向はあるのではないだろうか。自分の損得がかかったり、ペナルティが大したことないという場合などに、刑法犯罪などを起こすことは稀だとしても、社会規範や自らの倫理規範を逸脱してしまうことは誰でも経験していると思う。

 同じ環境におかれたとき、ルールから逸脱せず自らを律することができるかどうかが、その人の「強さ」である。

 その意味で官僚は、本来は、「強い人」でなければならないのだが、現実は、そうではなく、「普通の人」並みに「弱い」のである。

 それは、ある意味当然のことかもしれない。なぜなら、各省庁が新卒採用するときに、倫理感が強いかどうかという点を重点的に評価することはなく、そこはほとんどノーチェックであるから、結果としては普通の人並みの集団になるということだ。


■キャリア官僚は「諦めが悪い」
 
 官僚にもいろいろな人がいるが、その中でも多いのは、「人の上に君臨したい、良く見られたい」という「中央エリート官僚型」と、「無難に安定した生活を確保したい」という「凡人型」だ(詳しくは、2018年6月11日の当コラム「安倍総理の消防士を火だるまになってもやる官僚の性」に書いた「官僚の3類型」を参照)。

 もちろん、どこの社会にもそういう人はいる。しかし、官僚の場合、その特性が普通よりも強いというのが私の実感だ。どちらのタイプにとっても、「出世」あるいは、「落ちこぼれない」ということがポイントになる。当然、組織からの評価が気になり、「役所への忠誠心」を普通の人以上に強く示したがる傾向がある。

 役所は特に横並びの意識が強く、組織の中で、突出して正論を言うと、逆に「裏切り者」扱いされることが多い。組織全体として、これは悪いことだから、もうこの辺でギブアップし、謝罪して責任を取ろうという行動の端緒を作ることが非常に難しいのだ。一言で言えば、「諦める」ということができない組織だと言ってもよい。そんな組織では、3類型の中の、「真に国民のために働く」「消防士型」の活躍できる余地はほとんどない。


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